「こないだ久々に築地いったらさ、松茸がでてたよ。送ってあげたいと思ったんだけどさ、高くて手がでねーよ。悪いねぇ、"思った"だけで」
御年74歳の師匠から電話をもらったのが10月の終わり。師匠を招いて河豚と松茸を食べる会を催したのはもう4年前のことだ。懐かしいねぇとさんざ松茸の話をするものだから、すっかり松茸腹になってしまったではないか。
内奥で眠っていた松茸の封印はとかれてしまった。八百屋に頼んでみようか。いらぬ気を利かせてどえらい高級品をもってくる姿が想像にやすく躊躇してしまう。
寝ても覚めても頭に浮かぶのは松茸ご飯。そんな風に暮らしていたら、ふっと流れてきたあのジングルに耳がもっていかれた。
「まーつたけの味~♪お吸いもの~♪」お馴染み永谷園のCMだ。これだ。
さっそくスーパーへ走り、「松茸の味 お吸いもの」を手に入れたのだった。
先に吸いものを口にしたのは家人だった。自分が外出している間にアイスホッケーへでかけるというので、つくりおいた牛丼に松茸の吸いものを膳にのせて、温めて食べるよう伝えていたのだ。
入れ違いで帰宅した自分が家にはいると、部屋の中が松茸だ。醤油で甘辛く煮た牛丼の香りを蹴散らして、松茸が部屋を席巻している。
築地にある乾物屋の茶色い棚に、茶色い小瓶が並んでいた光景をはたと思い出した。これは何だと尋ねると、松茸の香りの素だという。つまり松茸の香水のようなものか。
「これはね、劇薬だよ」と師匠。金をとれない料理屋や、団体客を相手にする旅館など、少量の松茸しか使えない場合にこういった香料で松茸の香りを盛るのだ。ただ重要なのは忍ばせる量だという。椀一杯に対して「爪楊枝の先につけたチョンで十分」なのだそう。
だがまれに、数滴も落としてしまう料理人もいるそうで、そうなると「喰えたもんじゃない」らしい。毒を毒として悟られぬよう客に美味いと言わしめ落とすそのやり口。まさに忍びの術のようである。
帰宅した家人に吸いものの味を尋ねてみれば、予想どおり「吸いものではちょっとキツい」という感想だった。
だが不思議なことに、米といっしょに炊けば、意外とイケることがわかったのは数日後のことだ。一口食べた家人が「旨い」というのだ。米が緩衝材となって尖った香りが塩梅よく和らぐのだろうか。
自分なりのポイントはこうだ。
一つに、顆粒出汁と具(海苔、お麩)を分けておくこと。これは永谷園が公開しているレシピにもあるとおりだ。より分けた海苔と麩は、味噌汁とか卵とじなんかに使えばいい。
もうひとつは、エリンギを松茸に見えるよう配慮して切ることだ。
ようやく秋めいてきた11月中旬、友人が来熱。〆はこのジェネリック松茸ご飯と心決めていた。献立は、いぶりがっこ入りのポテサラ、刺身、しらすサラダ、牛しゃぶしゃぶとした。松茸ご飯には鶏肉などを忍ばせても旨いが、動物性のタンパク質はすでに十分だろう。精進でいくことにする。ちなみに、さまざまなキノコを混ぜ込んでも大変旨いが、舞茸は主張が強すぎて松茸の存在感を消してしまうことは実証済み。クセのないキノコを選ぶのが肝要だ。
飯が炊きあがり、土鍋をあけると「もしかして松茸ご飯ですか!?」と歓声がわく。ここで沈黙しておけばよかったのに、友人を騙くらかすのも忍びないと思い直し、「いや、エリンギなんだけどね」と早々に種明かしをしてしまった自分は忍びの修行が足りていないのだろう。それでも立ち上った湯気は松茸の香りをふんだんに含んでおり、彼女も「食感はまんまと騙されました」と愉快そうに頬張り、数杯お代わりするほどだったので、こちらもすっかり愉快になってしまった。
来年こそは純正松茸を手に入れようと心に誓う。そういえば此度、永谷園と長谷園(土鍋)の初コラボです。
エリンギでジェネリック松茸ご飯
材料
米 | 2合 | 洗って水をきっておく。新米使用 |
松茸の味お吸いもの | 2袋 | |
調味液 | 360cc | 水に薄口醤油大さじ2、酒大さじ1.5、お吸いもの2袋をよく溶かす。古米なら400ccが目安 |
エリンギ | 3本 | |
油揚げ | 1枚 | |
銀杏(option) | 二つかみ |
つくりかた
油揚げを焼く
油揚げは油抜きせずに使うので、良質なものを選んでほしい。トースターでこんがり焼き、形がなくなるほどに砕いておく。香ばしさと油の旨味を忍ばせる狙いだ。
エリンギを切る
傘はごく薄切りに、軸は手で細かく割く。
炊く
土鍋に米、調味液、油揚げ、エリンギをのせて常のとおり炊飯する。銀杏は趣味の領域なので目をつぶってほしい。今年は625gを下処理して冷凍済みだ。
konpeito.hatenablog.jp