地獄の銀杏割りから数日後、銀杏割り器が届いたので、まだ在庫があるというのに慌てて真鶴へ遠征、フレッシュな銀杏を手に入れた。フレッシュといっても果肉を取り除いた核の部分である。
はるか昔は、イチョウ並木のど真ん中に居を構える祖母と銀杏をひろいながら近所を練り歩き、庭に埋めて果肉を腐らせ、それを丹念に洗い流さねばならなかった。その異臭からしても死体処理班の様相を呈していた祖母と孫なので、すでにここまでやってくれた御仁には足を向けて寝られない。マンション暮らしでは確実に通報される案件だろう。
手に入れたギア(銀杏割り器)の筆おろしを祝してか、今日も清々しい冬晴れだ。
さて、自分が習った銀杏の下処理はこうだ。
- 銀杏割り器で殻を割る(薄皮がついている状態)。
- 銀杏が重ならないよう鍋に入れ、銀杏にひたひたほどの水に重曹をひとつまみ加えて火にかける。
- 穴のあいたお玉の背で銀杏を転がしながら、薄皮を取り除く。湯が減ってきたら都度足す。
- 八分通り薄皮が剥けたら(だいたい20分くらい)、流水にさらす。
ところが手持ちの本を捲ってみると、聞き捨てならない記述を目にする。
・銀杏を一晩水につけておけば、銀杏の殻を割ると同時に薄皮もつるりとむける。
・銀杏を重曹水でゆがく意味はなく、塩水でよい。
それならばと、昨日から銀杏はたっぷりの水につけておいた。そして今朝、部屋中に漂う異臭で目覚めたのだ。水を含んだ銀杏は一回り大きく膨らんでおり、その異臭は不気味に泡だった水から放たれていた。よもや水死体・・・・・・まぁいい、とりかかろう。
はじめの数個の銀杏は見事に実をクラッシュさせてしまったが、数をこなしていくうちに器具のコツがわかってきた。
ひとつに、銀杏は器具の奥までしっかりいれること。次に、銀杏のやや尖ったほうを上に、かつ2本(ときどき3本あるが)の筋を挟むようにして器具にセットするとうまく割れる。
残念なことに薄皮はしっかり残ったままで、水につけておいた効果はまったく感じられなかった。
浸水時間が長すぎたのかもしれないと思い、後日、1〜5時間の幅で一時間毎に殻を割ってみたが、やはり薄皮が簡単にとれるという事象はみることができなかった。
ただし、殻がふやけて柔らかくなるので、浸水時間に比例して握力的に楽に割れるのと、殻が飛び散らないのが利点かもしれない。
前回1時間以上かかった殻割りは30分短縮し、明らかに効率がよくなった。さすが専用の器具だ。「さっさとかっておけばよかった小道具リスト」に追加すべきかもしれない。
殻を捨て、薄皮をむく作業にはいる前に手を洗う。どうも臭いがとれない。入念に洗う。ごしごし擦る。そして気づいた。
重曹をひとつまみいれるのは、この臭いをとるためだったんじゃないか、と。掃除好きならご存知だろうが、重曹には消臭効果がある。
さらにもうひとつ、重曹については以前「ワラビのあく抜きとその科学」でも書いたことがある。
マヤやアステカの古代人はトウモロコシを、灰や石灰でつくったアルカリ性の溶液で煮ることで外皮を除きやすくして(ニシュタマリゼーション)トルティーヤをつくった。
ワラビのあく抜きとその科学 - mogu mogu MOGGY
そう、いまから銀杏の薄皮をむかんとしているのは、これと同じ効果を期待できないだろうか?
ついでにいえば、アク抜きをしていないワラビ同様に銀杏も、オーバードーズすると中毒を起こす。かつて食糧難にあえいだ戦時中には食べ過ぎで死に至るケースもあったという。
「銀杏は歳の数だけ食え」というのも死者を出さぬための啓蒙に勤しんだ先人の知恵なのだろう。なので自分も、御年70越えた板長の言葉を信じて、これからもまじないほどの重曹を加えることにした。科学的根拠など一切なく、ある意味オカルト的な境地から信じることで救われることもある。
銀杏を鍋に入れ、ひたひたの水に重曹ひとつまみ、点火。
お玉の背で転がしながら気長に薄皮がむけていくのを眺める。幼児の頬を撫でるかことくあくまでも優しく。皮がめくれていくごとに、鍋肌にも茶色い膜のようなものがへばりつく。アクだろうか?
この作業ですべての薄皮を取り除くのはむずかしく、最後は流水にさらしながらの人力作業だ。指の腹でこすりながら、腰痛がぶり返していることに気づき、改めてこんな晴れた日にやるべきじゃないな、と思う。
ラストスパートだ。薄皮がむけた銀杏を鍋にいれ、同割りの酒と水をひたひたに注ぎ、煎っていく。ヤットコで煽りながら、水分がぎりぎりに煮詰りそうなところで塩を加え、完全に水分を飛ばす。薄皮をとったときの銀杏にはなかった艶がでており、思わず味見と称して口にポンポンと放り込む。もっちりとしてプーンと香り、うまい!
バットに移して粗熱がとれたら、ジップロックにいれて即冷凍。これでいつでも、好きなだけ銀杏が食べられるのだ!
ということで、さっそく炊き込みご飯を仕込むことにした。
銀杏むかごキノコをこれでもかと釜にぶち込む。秋の大三元飯と呼ぶにふさわしい炊き込みご飯だった。