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時速1kmの思考

マゾと銀杏

銀杏
地獄の銀杏割り

秋晴れの日曜日の昼間、ようやく重い腰を上げる。一週間前に購入した銀杏を、いいかげんどうにかしないとマズイ。

家人は昨晩アイスホッケーに興じるため東京へ向かい、翌日は午後から上野で草野球。帰宅すると寝る時間がないから都内で野宿するという、不要不急の過密スケジュールで不在だ。

「打って投げての二刀流さ!」意気揚々の家人から監督にもらった土産(サンドウィッチや握り飯など)を受けとるたびに、口からでそうになる。「現物じゃなく現ナマ億もらってこいよ」「草野球というよりクソ野球だね」と。

他人の趣味に口出し無用とは思うが、それをこなしたところで一銭にもならず、仕事による疲労体を週末にまでいじめ抜くマゾ気質は、同居人として不安でもある。
まぁいい。とにかくしばらくは帰宅しないだろう。やるなら、いまだ。

食卓に銀杏を広げ、テレビをつける。ちょうど二時間ドラマがはじまった。主演は北大路欣也。全国津々浦々の所轄署に"期間限定の署長"として乗りこみ、事件を解決していくシリーズらしい。所轄はそんなに人材不足なのか? 署長がスポットでいいのか? いつも家財道具一式車にのっけてるのか? などなど突っ込みどころは満載だが、いまは銀杏に集中したいから番組はなんでもいい。佐渡島を旅する北大路署長が旅館で女性と出会い、物語ははじまった。

殻付きの銀杏を左手に、右手には万能バサミという万全の体制でとりかかる。
ハサミの柄の根元に銀杏をはさみ、ぎゅっと握ればいとも簡単に・・・・・・割れなかった。圧倒的に握力が足りていない。運良く割れたとしても実がクラッシュしてしまう。クラッシュと割れない比率は五分五分で、ひとつもまともに割れない。惨敗だ。

仕方なく古来の方法を試す。包丁の背の根元あたりでかち割るという縄文的メソッドだ。割れる比率が格段とよくなった。よし、これでいくしかないと心を決めた矢先、銀杏を押さえていた指に包丁がクラッシュする。類としては、足の小指を角にぶつけたような、堪えるしかない悶絶系痛みである。

あぁ、自分は日曜の晴れた昼間に何をやっているんだろう。きっとみな外で楽しい午後を過ごしているにちがいない。紅葉狩り、芋掘り、遊園地、ドライブ、もしかしたら「昼顔」よろしくロマンスを紡いでいる人もいるだろうに。銀杏と対峙している場合なんだろうか?

乗りかかった泥舟から降りることはできず、黙々と割ることに専念する。指が痛い。爪が痛い。あげくに首が痛い。そんなの無視だ。無だ。
殻を割り、重曹をいれた湯で薄皮をとり、水にさらしてようやく一段落だ。腰を落ち着け、はたとテレビに目を向けると、犯人は最初にでてきた女性だったということで一件落着のエンドロールが流れていた。

ことの顛末をSNSに投稿した。誰かに褒めてもらいたかったのだ。「よく割ったね!」と労ってほしかった。数分後、和食料理人のSさんから「銀杏割り器は絶対に買うべき!」という冷静なコメントが入る。そう、年に一度のことだからと先送り先送りしていたが、今こそ買うべきだ。Amazonでポチっとした。

反省点はいろいろある。
自分は疲れているときに限って手間のかかる安い食材に手を出してしまう癖がある。
買うべきものを後回しにして失念したあげく、同じような過ちを起こしがちだ。

癖なのか趣味なのかその境界線が曖昧だ。他人の趣味に口出し無用と言ったが、家人のマゾ的一面を心配している場合じゃない。

家人が帰宅。銀杏をふんだんにいれた茶碗蒸しをつくることにした。メインはノドグロ飯だ。
「銀杏がいっぱい入ってる! やっぱり銀杏うまいなぁ」とスプーンで銀杏を掘り当てるたびに顔がほくほくしている。

紅葉狩りも、芋堀りも、ドライブも昼顔も、なにもなかった一日だったが、このひと言でむくわれる。やっぱりマゾなのだろうか。

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先日、銀杏ラバー夢のギアが届く。今季はがんがん割っていきたい。