ワラビは山菜のなかでも灰汁(アク)が強いので、生で食べると中毒を起こしてしまう。なんでそんな毒性のある植物を人は手間暇かけて食べようと思ったのか、不可思議極まりないが、「五月蕨嫁に食わすな」なんて諺があるくらいだから、やはりワラビの美味さには抗えなかった、ということなのだろうか。
私たちの口に感じるえぐみ、渋み、苦味といったアクは大きくわけて、有機質と無機質の成分に分類されるそうだ。
有機にはシュウ酸(ほうれん草、タケノコ、山菜など)、ポリフェノール(ゴボウ、レンコンなど)等で、無機質はカリウム、マグネシウム、カルシウムなどがある。
結論から言えば、ワラビのアクは、アルカリ性の水で加熱すれば消滅する。伝統的にはわら(藁)の灰や木炭を使ってあく抜きをする技術を日本では継承されてきたが、現代では重曹を使うのが主流だ。たしかに、灰を溜め込んでいる家も少ないだろう。昔の坊さんが灰を大事に集めていたのは、精進料理をつくるさい灰は欠かせなく、庫裏で常備されていたからなのかもしれない。
ワラビのあく抜きについて調べているうちに、J-STAGEで興味深い論文に巡り合った。
昭和55年に発表された「ワラビ中の無機成分含量に及ぼすあく抜き処理の影響*1」では、複数の産地のワラビをさまざまな方法であく抜きをして、ワラビに含まれる無機成分とその硬さを調べようというものだ。
実験:ワラビのあく抜き
日本各地(福井、滋賀、京都、奈良、和歌山、兵庫、岡山)で採取したワラビを、水道水、重曹液、木炭液、わら灰液、木炭上澄み液を用いて熱湯に浸けてあく抜きした場合、ワラビに含まれる無機成分(Fe:鉄、Mg:マグネシウム、Ca:カルシウム、Cu:銅、Mn:マンガン、Na:ナトリウム、K:カリウム)にどのような変化がでるのか、またその硬さ(食感に繋がる)に変化が起こるのか、ということを実験している。
実験の前提として、ワラビは400g使用。
実験1:わら灰液
ワラビをバットに並べ、わら灰を50gをふりかけ、熱湯を2L注ぎ、蓋をして12時間放置。
灰の量は熱湯の2.5%。
実験2:木灰液
ワラビをバットに並べ、木炭を50gをふりかけ、熱湯を2L注ぎ、蓋をして12時間放置。
灰の量は熱湯の2.5%。
実験3:木炭上澄み液
熱湯3Lに木炭300gを加え、30分後に布で漉して、上澄みを2L使う。蓋をして12時間放置。
木炭の量は熱湯の10%。
実験5:水道水
ワラビに熱湯を注ぎ入れ、蓋をして12時間放置。
これらの処理をしたあと、2Lの水道水に1時間さらしている。どのやり方でもあくはしっかり抜けて、わらびの風味も損なわないという実験結果なので、この分量については大いに参考になる。
実験結果
導き出された実験結果は、産地を問わず共通項があった。
この実験結果をド素人ながら分析してみると、
- 作り手やあく抜き後にどう調理するかによってあく抜きのやり方は一様に語れないが、料理人が「重曹なんて絶対に使わない」というのは、もしかしたらこの無機成分とともに風味まで抜けてしまうからだろうか。
- 注目すべきは、アルカリ性が強いほど、ワラビが軟らかくなるということだ。これは調理後の食感につながる重要な結果である。
アルカリ性の液で野菜を煮た場合、調理時間が短くなる。たとえば豆なんかもそうだ。料理屋のように大量に、かつ時間制限のある中であく抜きするなら、わら灰液や木炭液を使ったほうが効率的だ。
最後に、私の師匠のあく抜きの術も紹介したい。超時短かつ効率的なやり方である。
超時短のハイブリッド型あく抜き:灰と塩使う
灰と塩を同割で混ぜておいたものを使うハイブリッド型。
ワラビの茎をほんの少し切りそろえ、ワラビを縦にして切り口に灰&塩を擦りつけ、さらにバットに並べて全体にぱらぱらと振りかける。
熱湯で3〜5分煮て、好みの柔らかさになったらすぐに流水に1時間さらし、水を替えながら一晩おく。
塩を加える意味について考えていたが、マギーキッチンサイエンスにヒントがあった。
さまざまな塩類を梳かした水に浸ければ、さらに加熱時間を短縮できる。1%前後の食塩水(水1Lに小さじ2杯)を使えばかなり早く調理できる。細胞壁ペクチンのカルシウムやマグネシウムイオンがナトリウムに置き換わって、ペクチンが溶けやすくなるためとみられる。0.5%の重曹水(水1Lに小さじ1杯)を使えば、加熱時間が75%近くも短縮できる。
実際に手を動かすのはたったの数分、あとは水につけて放置すればよくて、あくもしっかり抜ける。ワンオペの料理人ならではの知恵である。
ワラビが手に入ったのでさっそくあく抜きを実践してみよう。まず七輪から炭をとって・・・と思ったら、夏の終わりにきれいに掃除してしまっていたのだ! 仕方ないので今回は重曹でやってみよう。
重曹でワラビのあく抜き
熱湯2Lに小さじ1杯の重曹を溶かしておく。
ワラビの茎を切りそろえてから、重曹液にしっかり沈めて、蓋をしめる。
5時間後。灰汁がしっかりでているようだ。
流水(水道水をちょろちょろだしておく)に1時間ほどさらす。
ビニール袋にワラビと水を入れて、空気にふれさせないようにして冷蔵庫で保存。
ちょっと話がそれるが、今回使った鍋は、北陸アルミニウムのアルマイト加工された鍋である。家人の会社が引っ越しとなり、非常時用の備蓄品が放出されたのだ。
見た目がちょいレトロかつ大きすぎないか!? と敬遠していたものの、使ってみるとその実力がよくわかった。
大きいのに軽いわ、湯が沸くのは早いわで、こんな便利なものがあったのか! バカにしててすみません、北アさん!
一昔前は嫁入り道具の定番だったというアルマイト鍋。納得のロングセラー商品なのだ。
人類の繁栄とアルカリ物質
最後に話がそらすが、アルカリ性の水で調理するという行為は、ローマ時代のアピキウスの料理集にも書かれているそうだ。
"omne holus smaragdimum fit, si cum nitro coquatur"
「すべての野菜は、硝石を使って調理すればエメラルド色になる」
〜マギーキッチンサイエンスより引用
硝石はアルカリ性の天然の鉱物だ。アクを抜くというよりも、緑色野菜を色よく調理する方法なんだが、これにはアルカリ性とクロロフィルの科学が関係している。
マヤやアステカの古代人はトウモロコシを、灰や石灰でつくったアルカリ性の溶液で煮ることで外皮を除きやすくして(ニシュタマリゼーション)トルティーヤをつくった。
konpeito.hatenablog.jp
人類とその繁栄に、アルカリ性の物質は欠かせないということだ。それが人の移動によって広まったものなのか、各地で自然発生的に生まれた技術なのか、また新たな興味がふつふつと沸きあがってしまっている。
せっかくワラビのアクを抜いたんだから、料理も紹介しようと思っていたが、あまりに長くなったのでまた今度。