トロ箱には夢がある。
極小魚、珍魚、場違いにトロピカルな魚、ちょっと傷ついて値がつかない魚。世の中から弾かれてしまった者たちが、ひとつの箱に無秩序に並んでいる。宝箱をひっくりかえしたような陳列なので、底のほうがよく見えない。だがお触りは禁物だ。トロ箱を四方八方からねめつけ、これぞという雑魚を選抜するのが趣味のひとつとなっている。
2月の冬花火の前日。伊豆山の魚屋・魚久のトロ箱からは、キントキ、カイワリ、カゴカキダイを入手した。
カゴカキダイは縞々模様の熱帯魚然としたフォルムで、その見た目は食用というより観賞魚だが、そんなギャップを物ともしない旨い魚であることは、熱海の鮨屋・佐々木で知った。かねてより狙っていた魚ナンバーワンだ。
選りすぐりと思われる雑魚TOP3を指名する。「なにかやってんすか?」と魚屋にたいへん怪しまれるが、「趣味だからね」とすかしてしまい、やや気まずい空気でお会計。
重量換算でしめて270円という激安ぶり。トロ箱には駄菓子的エンタメ要素もあるんだなと、子ども時代のノスタルジックな高揚感に包まれ帰宅。刺身にするには歩留まりが悪すぎるので、魚屋おすすめの塩焼きで手を打つ。
塩をまんべんなくふり、尾はアルミホイルでくるんで焼く。ただでさえ小さいのに尾が落ちてしまったら雑魚に拍車がかかってしまう。
並べてみると、雑魚とは思えない風情がある。それぞれに個性が光り、それぞれに旨い。
「豊洲の高級魚だって、その土地でとれた地魚には勝てませんよ」という寿司屋の大将の言葉が脳内でリフレインした。豊洲の大魚より地元の雑魚。この言葉を胸にこれからもトロ箱を漁っていきたい。
味噌汁と飯をつければもはや風格さえ漂う定食だ。
熱海雑魚定食と名付けよう。充実の昼食となり、満足して冬花火に臨む。