朝食、昼食を取り損ねた某日。買い出しついでになにか腹にいれようと、スーパーへ向かう坂をくだっていた。時刻は4時近い。熱海のほとんどの飲食店は準備中で、選択肢は限られる。
このままでは行き倒れてしまうと、通りむこうのカフェに賭けた。店頭の看板を眺めると、開店から4時まで“モーニング”があるじゃないか。もうここしかない。
女性がひとりで経営している小さなカフェ。おじいちゃんが一人、カウンターの隅でコーヒーをすすっている。通りの喧噪よそに、ゆったりとした時間が流れていた。
豆腐とキノコのあんかけ定食を注文。やさしい味付けと、細やかなサービスですっかり満たされた。
店主に「熱海に移住してきたばかりで、まだ買い物にも右往左往している」とこぼすと、近所のお役立ち情報を教えてくれた。なかでも耳よりだったのが、とある八百屋の話だ。
毎週火曜の早朝、熱海の某所で市を開く、謎の八百屋があるという。
「雨降りでもたいていやってるんだけど、お盆とかの時期はいないのよねぇ。まぁ田舎の風習かしらねぇ」
大変に気になるではないか。折しも明日は火曜日である。これは行くしかないだろう。
翌朝5時起き。まだ薄暗いなかその謎市の調査に臨む。指定の場所につくと軽トラが2台停まっており、おじいさんが2人で野菜を黙々と荷下ろししていた。客がひとりもおらず、気まずい。とりあえず朝の挨拶をしてみると、開店は6時だからしばし待てという。あと15分だ。
6時になる頃にはどこからともなく10人ほどの客が集まり、おじいさんの号令とともに開店。野菜は飛ぶように売れていった。
タケノコ 、根芋、イタリアンパセリ、ワケギ、クレソン、イチゴを購入。6時10分には会計が済んだ。嵐のような買い出しだった。
目玉はタケノコだ。これがなきゃ春が始まらない。2つで650円。根元についた泥がしっとり濡れているのは新鮮な証拠だ。「来週はもっと熟れたやつもってくるよ」じいさん、なかなかの商売上手である。
帰宅するとWBCが始まっていたが、それより何よりタケノコを湯がくのが先決だ。タケノコは鮮度が命。もたついていればどんどんアクがまわってしまい、それこそ命取りだ。
タケノコは火が通りやすいよう、皮ごと穂先を斜めに切り落とし、縦に切れ目を一本入れておくのが手習いだ。
大鍋に水と糠を一握り、唐辛子3本を加えてタケノコを厳かにに沈め、点火。長谷園のかまどさんの内蓋で重しをするとタケノコが浮遊しなくてよい。
それはそうと、都内ではもうアク抜き用の糠を無料でくれることがないと知ったときは、世知辛い世の中になったねぇと憂いたものだ。
ちなみに和食の巨匠、分とく山の野崎洋光さんは、糠ではなく大根おろしでのアク抜きを推奨している。
大根おろしと水を1:1で合わせ、1%の塩を加えたものにタケノコを1時間つけておくという手法だ。風味と食感がよりよくなるということなので、そのうち挑戦してみたいと思うが、おそらく「超」のつく堀立てタケノコじゃないと厳しいような気もする。
小ぶりなタケノコだったので、40分ほどで火が通った。皮をむいて水にさらしたら一安心。これでWBCに集中できる。
夕飯はタケノコの姫皮ご飯。いつもの筍ご飯は先に下味をつけて炊いているが、今回はあえて出汁も昆布も使わず水と油揚げ、調味料のみ。素材で勝負に出る。
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蒸らした土鍋をあけると、温泉さながら春の湯気がぶわっとあがった。
いても立ってもいられず、写真もそこそこに切り上げ、茶碗によそう。
やわらかい姫皮の繊細さ際立ち、香りも十分。しっかりタケノコ由来の出汁が染みている。手軽でうまい。これが最上だ。
姫皮はタケノコの皮をむいたものにしか与えられない、ご褒美飯と言っていいだろう。
タケノコの姫皮ごはん
材料
タケノコ(小)の姫皮 | 2本分 | 細切り |
油揚げ | 1/2枚(おいなりさんひとつぶんくらい) | 油抜きをして、袋を開いてから薄切り |
米 | 2合 | 長谷園の土鍋「かまどさん」を使用 |
●水 | 340cc | 調味液を含め400cc |
●薄口醤油(ヒガシマル) | 大さじ2 | |
●酒 | 大さじ2 | |
●塩 | ひとつまみ |
つくりかた
- 白米は洗って、ザルにあげて水を切っておく。
- 姫皮、油揚げは薄切りする。
- 調味液を合わせる。
- 土鍋に米、調味液を合わせ、姫皮と油揚げをのせたら炊飯。