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時速1kmの思考

【追悼】八百屋が死んだ

八百屋が死んだ。

隔週の火曜日は、移動式の八百屋を手伝っている。元々は客として通っていた自分だが、ひょんなことから手伝うことになって二年がたった。

先週の木曜、友人が週末にくるからと、野菜をたくさん買い込んで、あまりに買い込みすぎたから重たくなって、八百屋は家まで運んでくれた。じゃあ、また来週の火曜日に、と次の仕事の確認をして、彼は背を向けた。

日曜日に些細なことでメンタルが落ち、月曜は急な来客でバタついたせいか、夜半から私は体調を盛大に崩した。目覚めるとリビングのソファで落ちていた。家人がタオルケットをかけてくれている。体が痛い。布団に這い戻り、二度寝する。昼に起きて、洗面所の鏡に映る自分をみて驚いた。お岩のおじさんがいる。原型を留めていないほど腫れている。どうやら泣いた、のか。今日は八百屋は無理だな。こんな顔で、行けない。

なんとか起きたが、気持ち悪いし、身体中が熱いし、あちこち痛い。今日は行けないと八百屋に電話しなくちゃと思ったが、眠たいが勝る。まあ、いつも八百屋がマンションへ着くと、ロビーで待機している私に電話がかかってきて、自分が管理人に「八百屋始まります。ので、5分後に館内放送お願いします」と伝えるのが常だ。

きっと電話がかかってくるから、その時に謝ろうと思っていた。そう思いながら、眠ってしまった。8時前に起きた。八百屋はとうに店じまいしたはずだ。携帯を確認したが、着信がない。おかしいな、と思ったし、気がかりだと家人に話した。のそのそ起きて粥を喰み、また眠りに落ちる。

翌日。だいぶ調子は良くなったが、唇の皮はむけ、荒れた口内は咀嚼すれば激しく痛み、何を食べても美味しくない。少し動いては、ソファになだれこむ。元気に電話できない。明日はS町で八百屋が開くから、なんとか回復させようと惰眠を決め込む。

木曜日の朝。Amazonに発注したものが届く。小型の電灯だ。45gという軽量にもかかわらず、600ルーメンの明るさを叩き出す。元々は、簡易のストロボを自作しようと思っていたが、これがあれば日の短かくなる季節に八百屋をひらいたとき、光源ができる。いつも、暗くなって電卓が機能不全になり、難儀していたのだ。防犯にもなる。今日はそれを試してみようと、腰に引っ掛けて、八百屋へ出かけた。

八百屋が到着するはずの時刻になっても、誰ひとりと現れない。さすがに遅すぎるし、なんだこの違和感は。八百屋に電話をかける。出ない。おかしい。鳴っている電話には必ず出る律儀な人なのだ。ここまでくると、おかしいのストレートフラッシュだ。青果を辻売りするその場所は、常連の商店の前だ。シャッターがわずかに開いている。思い切って押し上げる。重たくてびくともしない。ガタガタさせていたら、「なんですかー?」と応答があった。
「すいませんー」と大声をあげる。腰の曲がった華奢な女性だが、ヒョイっと小慣れた所作でシャッターを持ち上げ、その丈夫に驚いた私の顔を見て驚いていた。
「八百屋さん、電話したけど繋がらないんです。なにか聞いてますか?」
あーーと、一瞬の間があったのち、「あのね、まだはっきりわからないんだけど、亡くなったみたいなの」
は???
「今日何日?」
「4日です」
「ちょっと待ってて。新聞探すから」
結局見つからず、「新聞に載っていたの」と彼女は目を伏せた。また顔出してね、と労りの言葉を受け止めて、シャッターをくぐり外に出る。まったく意味がわからない。

家人に迎えを頼み、待っている間に市の訃報を検索すると、伊豆新聞に当たった。たしかに八百屋の家の姓がある。でもこの辺りに同じ姓は複数いる。課金してないから、詳細が見られない。もしかしたら、今日が通夜かも。

情報が欲しい。駅前の葬儀場なら何かしら知ってるかもと車を走らせるが、その葬儀屋は閉まっていた。伊豆山にも葬儀場があるんじゃないかと家人がいう。とりあえず場所を確認しようと、いつも八百屋を開いているマンションの入り口に車を寄せた。

もしかしたらと思い、マンションの管理室に走り、呼び鈴を鳴らす。
現れたのが、自分がちょっと苦手とする管理人だった(管理人が複数いる)。
「いつも八百屋と来ている者ですが」
「はぁ、知ってますが」
だよね。相変わらず無駄に慇懃な人なのだ。いまはイラついてる場合じゃない。落ち着けと心に命じて、
「先ほど、八百屋の⚫︎⚫︎うとさんが、亡くなったと聞いたのですが、なにかご存知ではないですか?」
「八百屋の妹さん?」
どうやら早口で捲し立てて噛んだ。もう一度、ゆっくりを努めて仕切り直す。
「今週の火曜日、八百屋さんの手伝いをするはずだったんですが、体調が悪くて行けなくて、それから連絡が取れない。新聞に情報があると聞いたけど、新聞をとってないから、何が知ってないか?」
「僕も・・・・・・亡くなったと噂では聞いたんですけど・・・・・・あそこに新聞がありますよ」とロビーを指した。
さすが大規模マンション。数社の新聞が常設してあるのだ。転がるようにして新聞に駆けつけて、紙面をめくる。今日のやつと、昨日のやつ。管理人も部屋から出てきて、記事に目を走らせる。
「これだ!」
八百屋さん逝去の報せが、黒い太枠にはいっていた。愕然とした。現実だった。
「これ、いまコピーとってくるから」と管理人は新聞を持って踵を返す。ふらふらと管理室に戻り、彼が差し出すコピーをマジマジと見る。なんだか名前以外に情報が入ってこない。てか下の名前、本当にこれだったっけ?
「お通夜は、明日だね。寺はよく知らないけど、調べたらすぐでてくるよ」
あー、たしかに今日じゃない。よかった。だって今、短パンに縞々の上着だよ。こんな格好じゃ行けないじゃん。
「ところで、どうゆう関係なの?」と管理人が口火を切る。関係?なんだろ?どうゆー関係なんだろ?友人?いや、客だよな。でもいろいろ美味しい野菜とか果物とか食べさしてもらったしな。欲しいものはいつも仕入れてくれるし。なんだろう、関係。
「八百屋ボランティアです」
「関係は長かったの?」
長い?短い?よくわからない。地元の人間じゃないから短いのでは?
自分は移住して三年目になるが、一年目の初夏のころ出会って、そこから仲良くなり、できる範囲でちょっと手伝っていただけだ。なるべく簡潔に、わかりやすいようにと考えて答えているうちに、顔がべしょべしょに濡れていた。
「でもさ、よかったね。通夜は明日だから。間に合ったよ」
そうだ、間に合った。
なんなんだよこの尋問。あとこの管理人、いい奴じゃん。泣かせんなよ。 
亡くなったのは日曜日と記してあった。火曜日にはもう、こっちにいなかったんだね。

車止めにいた家人にコピーを見せて、とりあえず帰ることになった。今日買おうと思っていた野菜はなに一つ手に入ってない。紙一枚と喪失感を握りしめて家に帰り、ビールで献杯する。そういえば、たまにはうちでビールでもって言ってたけど、いつも車だから結局、実現しなかったなぁ。

二年くらい前の夏、心臓のあたりが痛いと顔が真っ青で、おばさま方に「病院に行け!」って叱咤されてたのに、なんのかんので行ってなかったなぁ、たぶん。
これから野菜をどこで買えばいいんだよ。
最後にもらった桃、もったいなくて食べられないじゃん。
ニンニクは大事に使おう。
せっかく小型電灯買ったのに、お披露目できなかったなぁ。
野球の同窓会に忙しくて行けないって言ってたけど、やっぱ行っとけばよかったじゃん。
最後に交わした会話はなんだったっけ?
「うち、コバエが大量発生しちゃって、なにかいい対策あります?」「昔はハエトリ紙だけど、あれもさ、キリがないんだよなぁ」
なんともしょうもない話だ。

なんで人を助けたがる人が、助けた人より早くに逝っちまうかなぁ。

今朝は大雨だ。夕方の通夜までに止んでくれるといいんだが。