
中島水産でヤリイカが半額。秒でカゴにいれる。この日を待ち望んでいた。
タケノコとイカと木の芽。役者は揃った。今夜は木の芽和えしかない。
御年75を越える師匠がつくる木の芽和えは、大変に手の込んだ料理だった。
西京味噌(こし)、酒とみりん、それに卵黄を混ぜあわせ、火にかけながらじっくり練り上げて、「玉味噌」をつくる。
次に「青寄せ」にとりかかる。大根の葉やほうれん草に塩と水を加えてすりつぶし、どろどろした緑の液体にする。鍋に水とこの青菜の液体を加え火にかけると、沸騰する頃合いに緑色のアクのようなものが鍋の真ん中に浮きあがり、集まってくる。これをすくって冷まし、水気を絞ったものが、青寄せだ。つまり天然の色素なわけだが、より鮮烈に、深まっていく春の新緑を皿の上で表現せんとする先人の確固たる意思、というか執念を感じさせる和食の技法だと思う。
これでようやく準備が整った。すり鉢で木の芽(山椒の葉)、玉味噌と青寄せをよくすり混ぜたら「木の芽味噌」の完成だ。薄く下味をつけたタケノコを和えれば、タケノコの木の芽和えとなる。
イカとタケノコがそろうのは、時の運だ。すっかり日も暮れて、玉味噌を仕込んでいる気力も機運もない。ついでに白味噌もない。ので、田舎味噌を使って木の芽和えをつくることになった。やや色黒な仕上がりだが、実家ではこれが当たり前だったし、母もわざわざ玉味噌は仕込まない。湯がいたほうれん草は冷蔵庫にストックがあったので、やわらかい葉先を忍ばせて緑を補った。
鼻腔に木の芽の純な香りひろがり、春の口福が訪れる。
「これってジェノベーゼみたいだね」という家人の感想は、ごもっともと思う。
