
季節が巡るたびたびに捲る本というものがある。たとえば『野菜調理の基礎』もその一冊だ。
著者は、大阪・梅市の店主、奥田高光氏。江戸時代から伝わる関西の「生成り」料理を継承する料理人である。
閑話休題。
生成りとはなんぞや?という話だ。それは上記の動画に詳しいのでぜひご覧いただきたいが、僭越ながらかいつまんでみると、
「ある食材にしか持ち得ない、ある一点に特化した味を引き出して、調和させる」こと。これが関西料理における「生成り」の醍醐味だと解釈した。印象的だったのが、「持ち味を活かす」のではないことだ。そんなことは、西洋や中華料理でもやっている。
「薄味甘口しんみりめ」
奥田氏が何度も繰り返していた言葉だ。料理の味が、濃いでもない、かといって薄いでもない。本人でも定義が難しいというが、
普通に食べている薄味よりも、少し踏み込んだ味って言うんですか。「しとっ」とした味、メリハリのついた味、調和のついた深さがある。そこを「しんみりめ」と言うんですけどね。
これぞ「生成り」の奥義なのだろう。
自分にとっての料理の師匠は、かつて芝浦の料亭で煮方をやっていたHさん。店を辞したのち東奔西走し、あらゆるジャンルの店に関わっていたので、関西料理についても精通していた。たとえば出汁については、昨今の「出汁ばかり際立たせる料理」に疑問をもっており「その点、関西料理はうまいことやってるから、勉強になった」と語っていた。
また、土佐酢についてはこうも話していた。
鰹と昆布が強すぎると、和える食材によってはその食材そのものの味・香りが死んでしまう。あくまでも食材の味、香りを引き出すための調味料ということを忘れてはならない。
プロ直伝! 料亭仕込みのまろやかな土佐酢 - mogu mogu MOGGY
おそらく二人は同世代だろう。だからこそ、その時代の料理人に共通する“芯”のようなものが感じ取れる。
「その人が喜ぶようにつくればいいと思います」
これは、両者に共通した、ある種の悟りではないだろうか。
思わず奥田氏の動画の一言一句を文字に起こすほど、感銘を受けてしまったド素人。突然、動画が見られなくなったら困るからな。
さて、『野菜調理の基礎』に話を戻そう。手持ちは2000年に発行されたものだが、現在は新版『日本料理 野菜調理ハンドブック』と一新されている。
本書は、季節ごとの野菜の切り方や下ごしらえに注力した内容で、レシピは各野菜で1~3品ほどだ。
春は、独活、エンドウ豆、筍、ワラビ、ワサビなど、変わり種はタンポポ。夏は梅、冬瓜、キュウリ、茄子。秋は栗、銀杏、里芋、キノコ。冬は百合根、白菜、柚子、海老芋。
通年出回っている野菜もあれば、その季節にしか手に入らない野菜も含めて、全47種類が取り上げられている。
解説は写真つきで懇切丁寧。そばで著者が指導してくれているような錯覚を覚える。
下ごしらえをしっかりすれば、簡単な料理ほどひと味変わる。この姿勢は、自分の師匠と変わらない。
そしてやはり自分は素人であるから、特に季節の野菜においては一年もたてば、「あれ、どうやったっけ?」と忘却の彼方である。なのでこの本は、四半期に一度は捲る本ということになる。
蓮根の章では、「握り蓮根」という料理が紹介されていた。すりおろした蓮根を握って揚げるだけ、というしごく簡素な料理なんだが、鈍く光る原石のような、惹かれるものがあった。
実は今年、蓮根の当たり年のようで、自分も例年になく買い求めている。大ぶりの一節をこの一品にかける。
握り蓮根
材料
| 蓮根 | 1節 | すりおろす |
| 塩 | 少々 |
つくりかた
- 蓮根をおろし金で擦る。水分が多い場合は、ザルにあげる。
- 蓮根を手に取り、軽く握って、100℃くらいのぬるい油にそっと入れる。やわらかいので、周りが固まるまでいじらない。油の温度をだんだんと上げていく。
- 油の泡が落ち着いて、こんがりと揚がったら出来上がり。塩でいただく。
一節の蓮根で、4個の握り蓮根ができた。
肌寒い一日だったし、翌日は健康診断を控えた家人もいるので、メインは軽めに「鶏と大根の鍋」に。
そこに突き出しとして、この握り蓮根を添えた。
指の関節の凸凹をそのまま写しとった蓮根。手の大きさによっても形は変わるだろう。作り手の気持ちが射込まれたような素朴な一品だ。
一口食べた家人は「うーん」と唸る。
「どうした?」
「これは・・・里芋、違う。なんだ、この食感」しばし箸でつまんだ物体を四方八方から観察し、もう一口囓り。
長考にはいるかと思いきや、雷に打たれたように「蓮根だ! 衣はなに?」と瞳孔をひらく。
「これ、蓮根だけ。蓮根原理主義だよ」
そしてまたしげしげと握り蓮根を眺める。
こういう料理が、好きだ。
材料はシンプルの極み。シンプル故に、蓮根の純な旨味と甘みと香りがそっと優しく立ちのぼる。もちろん片栗粉などでつなぐ蓮根饅頭もモチモチ食感で楽しいが・・・ちょっとよそ行きの蓮根のようにも思える。というか蓮根ほど切り方と調理でこんなに食感が変わる野菜も面白い。
静かなる狂気。これぞ「生成り」的蓮根料理なのかもしれない。
