梅雨に入る前に庭の雑草を駆逐せねばと躍起になっていたある日のこと。パントリーに備蓄していたジャガイモから芽が出ていた。
包丁でへずれば、食べられないこともないが、なんとなく気乗りせず片目をつぶっていたら、すっかり食指が動かない残念な芋になりさがってしまった。
「なんでさっさと喰わなかったんだよ」と家人の小言が脳内にこだまする。自分では調理しないくせに、口だけは出す家人である。きっと疲れていたんだと自らの怠慢に言い訳しつつ、拝みながらゴミ箱の蓋をあけた瞬間、もったいない神がおりてきた。
「埋めちゃえば?」

さっそく芋をたずさえ、庭へでた。どこに埋めようか。
掘れば掘るほどおびただしい数のミミズが飛び出してくる我が家の庭は、土は良質なんだろうと思う。だが問題は、不明な根っこが蔓延っていることだ。実際は木になりかけた太く固い根が四方八方に伸びちらかし、家を囲むコンクリートを破壊しつつある、ラピュタのような状況だ。専門的な知識と道具がなければ、開墾は難しいなとなかば諦めていたところだった。
地植えは厳しいと判断し、目を付けたのが大きな鉢だ。なるべくやわらかい土をいれ、そこに芋を隠蔽、いや、埋めた。


忘れた頃に薄紫の小さな花が咲き、茎ごとしおれていった。
そろそろだろうか。
まずは一本、茎を引っこ抜いてみる。ジャガイモらしきものがコロンと顔を出した。なぜか大慌てでプランターごとひっくり返す。
ふつふつとこみ上げてくる嬉しい粒が、歓喜となっていく。庭の窓越しから、耳栓してリモート会議に勤しむ家人に右手を高々とあげて収穫物を見せびらかすと、「OOO」と口をバカみたいに開けて驚いていた。
大小あわせて15個の収穫だ。種芋は4つだったから、三倍になった。まずまずの成果といっていいんじゃないか。タワシでこすると皮がすぐに剥けてしまう、赤ちゃんのような柔肌だ。流水でそっと、でも念入りに泥を落とす。

その夜の前菜に、小さなジャガイモを選んでさっそく揚げた。親指ほどの小さな芋はそのまま、やや大きめは半割にして、うっすら米粉をまぶす。

「ちっちぇーのが旨い」と熱々を歯でころがしてのみ込む家人。なんだか素直で愛らしい味わい。庭で育ったというだけで、おそらく二割増しに旨い新じゃがとして認定されたんではないか。
塩だけで十分うまいが、塩に青のりとかカレー粉とか混ぜると、酒の肴にぐいっと近しくなる。
水もあげず、肥料も与えず。育ての親はスパルタだったにもかかわらず、よくここまで育ったものだ。
なにより、今後はジャガイモから芽がでてしまったとしても、「未来への投資です」の一言で、家人を黙らせることができると思うと、揚げた芋ばりにほくほくしている。
