
冷蔵庫をあけるたびに、見て見ぬふりをしてきたものがある。梅を氷砂糖で漬けたあとに残る梅だ。もれなくエキスが搾りとられた梅は悲しいくらいに萎んでしまった。ひとつ口に含んでみると、果肉は干しアンズのようで、不味くはない。まだ梅として晩年を過ごしている穏やかな酸味だ。食べるかどうかはわからぬが、捨てるには惜しい気もして、とりあえず冷蔵庫の奥に隠蔽したのが一年くらい前だろうか。もう記憶にないほど前のことだが、いつまでも冷蔵庫のスペースを無駄に使うわけにもいくまい。なんとか使い道はないだろうか。

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先日、湯河原のスーパーで仕入れたのは豚肩ロースの塊だ。括弧書きでネックとあり、「煮込み用」と添えられていた。モロッコでも羊のタジンにはプルーンをいれたりする。そういった使い方を模索できないだろうか。
厚さ5mはゆうに越える豚肉に小麦粉をはたき、鉄のフライパンでこんがり焼き目をつける。これを土鍋にうつし、ソフリット、フェンネル、白ワイン、赤ワインビネガー、梅8粒を加えて土鍋で2時間強煮込んだ。
煮込みも終盤にさしかかり家人が帰宅。きらきらした目で今日の飯はなにかと尋ねるから、「豚肉と梅の煮込み」だと答えると、目の奥から光が消えてしまった。土鍋をのぞきこみ「梅・・・・・・の臭いだわ」と言い残し、肩を落として風呂場へ消えていった。
シャワーでさっぱりしてビールをあけたら気を取り直して飯の時間だ。エアーズロックのような肉をどんと皿にのせ、ショートパスタを添えた。
「梅干しと豚肉の煮込み」だと思っていた家人はキツネにつままれた表情で、この料理の着地点を探っているようだ。「なんだかうまいな・・・クセになるな」予想外の反応だ。
赤身はホロホロ、脂身はプルン。お箸でいける。ふやけた梅を潰しつつ肉と食べる。甘くなりすぎず、酸味もまろやかでいい感じだ。だんだんとこの料理と自分との距離感がわかってきた。
「もう少しスパイス効かせてもいいかもしれない。クミンとかさ」
家人もいつもの調子が戻ってきたのか、スパークリングまであける始末だったので、結果オーライな晩飯と言えるだろう。
