いつもの八百屋で白菜ひと玉120円だった。破格である。
玉が重たく、巻きもしっかりしていて良品だ。漬け物にでもしようと、えっちらおっちら持ち帰る。
二度漬けして食べ頃になったのが正月前のことだ。
おせちづくりも一段落をおえた年末。今年もまた「孤独のグルメ」大晦日SPを眺めて過ごすことになった。年を締めくくるにふさわしい、最良の選択。物語は沖縄から始まったが、なぜか台湾で年越しを迎えていた五郎さんが食べていたのが、白菜の漬け物と豚肉の鍋「酸菜白肉鍋(スヮンツァイ バイロー グォ)」だ。
台湾における白菜の漬け物「酸菜(スヮンツァイ)」は、昆布や唐辛子を使わず、塩だけで乳酸発酵させた漬け物だが、そのまま食べる漬け物というより、塩漬けした保存食の立ち位置が強いのだろう。つくりかたは東海漬け物のサイト「第38回 台湾・前篇|全国漬物探訪|東海漬物」に詳しい。水分量が韓国の水キムチに通じるところもあるし、東欧のキャベツ丸ごとザワークラウトにも似ているが、一度白菜に火を通すという工程が興味深い。
とにかく、漬けすぎた白菜の消費にもってこいではないか。ということで、正月を過ぎても白菜には手をつけず、酸っぱくなるのを待ちわびていた。
満を持して、酸菜白肉鍋にとりかかる。
五郎さんが訪れた店、長白小館のメニューによると、鍋底(スープベース)は白菜、豚肉、凍り豆腐、カニ、椎茸、かつお節、乾燥海老etcだ。具は牛、豚、羊と選べ、さらに野菜と春雨がつくセットだそう。
かつお節が入っているのが予想外だったが、今回はシンプルに昆布でいってみたいと思う。足すのはいくらでもあとからできるし、酸菜白肉鍋専門店「老舅的家郷味」のオーナー聶斌武(ニィェ ビンウー)氏も次のように話されている。
スープのだしは、豚骨、セロリ、ショウガ、タマネギの4種類を使っているが、酸菜白肉鍋のポイントはだしではなく、やはり酸菜そのものと念を押す。聶さんが自宅で作るときは、だしはとらずに、酸菜とほかの具材だけで食べるそうだ。
第38回 台湾・前篇|全国漬物探訪|東海漬物より
昆布出汁に細切りの白菜を加え、20分ほど煮立たせる。くたくたになった頃合いに他の具材を投入し、一煮立ちしたところで、豚バラをしゃぶしゃぶする。まずはそのまま食べる。うん、うまい。スープの塩気も酸味もいい塩梅だ。ただやはり、食べ続けるにはやや単調か。ソースも考えてみよう。
長白小館のオススメは、芝麻醤2、ニンニクソース1/2、韮菜花椒2/1という配合のシンプルなものだ。五郎さんセレクトは、ホットペッパー(辣椒醤)、醤油、豆腐乳、ニンニク、(おそらく)韮菜花椒、パクチー、砂糖、ネギ、最後にレモン汁と、ほぼ全部のせだ。
白菜の発酵具合によるが、レモンはいらんだろう・・・と思うがいかに。
「100回は通わないとソースの調合は極められん。オレはまだまだ白帯だ」という五郎の気持ちは痛いほどわかる。全部いれたくなるのが旅人の人情というものだ。
ということで、我々は胡麻油とパクチー、辣油を選択。というのも胡麻ペーストを先日の火鍋で食い尽くしてしまったからだ。
牛、豚、ラムを一通り喰った五郎さんが「この鍋は豚肉に尽きる」とつぶやいた理由がわかった。白菜の漬け物の酸味が豚バラの脂身を包み込み、肉がさっぱり無限系の食べ物に昇華している。これが宇宙ってやつか。部位にもよるかもしれないが、赤身の強いラムだと白菜に負けそうだし、牛だとスープが負けてしまいそうだ。ただソースに練り胡麻をいれたら、牛とラムが一気にのし上がってくるのでは・・・・・・。
こういう実験的な飯に手をだすとき、ついつい家人の様子をうかがってしまうのは悪いクセだとは思う。静かに様子をうかがっていたが、予想以上にがっついているではないか。「うまいな、これ」と五郎さんバリに箸を鍋に突っ込んでいる。これは冬の鍋の主席になりえるポテンシャル。
とはいえ、なにより喜ばしいのは、今後は心置きなく白菜ひと玉を漬けられることだろう。明日は八百屋。白菜ひと玉買ってこよう。