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時速1kmの思考

軍艦巻きという小宇宙

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回転寿司のいろは

ニュース番組と称したエンタメ番組が激安行列店を特集し、頭のてっぺんから足先にいたるまで一寸の隙もないレポーターが「おいしい〜」と笑顔でコメントする。プライベートじゃ絶対に行かないだろ、とやや卑屈につっこみながらも、これが今の日本経済の格差の象徴かと思い知らされた瞬間である。

諸般の事情により、そんな行列のできる回転寿司屋に入ることになった。すでに腹を空かせた大家族に貧困ボーイ&ガールたちが、店の外まであふれているではないか。だがやはり、あのレポーターのようなキラキラ女子はいなかった。

さらに、この回転寿司屋は、チーズケーキやパイナップルなんて代物が流れてくる。この場合「昨日、寿司食べに行ったよ!」と純粋につぶやいてもいいものだろうか!? もはやカオスにまみれたこの場所に足を踏み入れるのは、それなりの葛藤があった。

「対面カウンターで寿司を食いたいぞ!」と腹のなかで叫びながらも、すんなりと案内されて笑顔で席に着く。

【い】他人の目を気にすることなかれ

テーブルについてまず目についたのは、カラオケよろしく設置してある電子掲示板だ。自分が食べたい寿司をタッチパネルで注文するわけだ。寿司は手で食うものだから、手でタッチパネルを触るかどうか悩みながらも、なんとか注文完了。

すると突然、掲示板からけたたましい音が鳴りはじめた。一応メロディにはなっているのだが、間違えてタグがついたままの服を店外に持ち出してしまったようで困惑する。

前方を見ると、頼んだ寿司がレーンにのってやってきた。これではご近所に何を頼んだか、ばれてしまうと焦るのだが、そんなことは誰もお構いなしのドライな世界なことに気づくのに、そう時間はかからなかった。

ちなみに、人の頼んだ寿司を横取りしないよう、心して待たなくてはならないことを学んだ。音が流れたら、すぐに流れてくる先を見て、自分の寿司かどうか瞬時に判断する鷹のような目が必要なのだ。

【ろ】自分のことは自分でやれ

お茶はセルフサービスだ。粉の緑茶を湯飲みに入れ湯を注ぐと、茶柱ならぬ粉の塊が浮く。これはラッキーなのか、アンラッキーなのか。早く溶けろと息を吹きかけて粉を沈めようとするが、粉がテーブルに散乱してしまう。まったく余計なことをしてしまったものだ。

寿司はすべてサビ抜きである。これは客層に家族連れが多いことに配慮したことだろう。サビまで回転台で回ってくるので、慌ててわしづかみに。

その一方で、ガリとやたらに種類の豊富な醤油はテーブルに常設してるが、摩訶不思議である。

【は】さっさと食って、さっさと出る

メニューが異様に多いのも特徴のひとつだろう。寿司はもちろんのこと、唐揚げ、フライドポテト、果物、スイーツなど、あらゆるジャンクフードが節操なく通り過ぎていく。

だが待てよ。とはいえ元をたどれば、寿司はジャンクフードのようなものではないか。ごちゃごちゃ考えずにさっと食って、さっと出よう。

いつもどおり鯵、エンガワから食べはじめる。期待値を低めに設定していたのと、一皿100円という価格と、あまりに腹が減っていたこともあり、普通にうまい。あれ、うまいぞ。

軍艦巻きという小宇宙

まだ口のなかに寿司がいるにもかかわらず、流れてくる寿司を凝視してしまう回転寿司の魔力。

すると、目に飛び込んできた衝撃の物体。

軍艦に牡蠣フライがのった寿司がこちらにむかって疾走してくるのだ。まるで浅草のアサヒ本社ビルのような神々しい姿を思わず連写。見れば見るほど、とにかく異様、いやむしろ威圧感さえ感じられ、なんだか胸がざわつく。

そもそも軍艦巻きは銀座の久兵衛の当時の主人が、「イクラの寿司が食いたい」という常連の要望に応えたのが由来だという。イクラを握りにするのは厳しいので、海苔をまいた酢飯の上にのっけたということだ。当時は斬新すぎるその姿にゲテモノ扱いされていたというから、今となっては驚きだ。

軍艦巻きというフリーな土壌にあらゆるものをのっけてみようではないか、という日本人らしいおおらかさとあくなき挑戦が、その牡蠣フライ軍艦に凝縮していた。

この試行錯誤と海苔から溢れ出すクリエイティビティ。もちろん、職人技光る生真面目な寿司のほうが好きだが、このサービス精神旺盛な寿司も大好きだ。回転寿司とは、寿司屋ではない。ここは新たなエンターテイメントと寿司への挑戦の場だったのだ。

回転寿司がくりだす無限の可能性に感動したまま、店員さんに会計を頼む。

店員「1700円です」

驚愕。これで二人分なのだ。腹はすっかり満たされた。いや、むしろ胸が満たされている。

ごちそうさまでした!