
珍しく家人は出勤したので、夜は独り飯だ。こんな日は早風呂で汗をかき、景気よく缶ビールをあけ、腹が減る頃合いに台所に立てばいい。むろんできる限りの手抜きは忘れてはならない。
麦酒片手に冷蔵庫を物色。奥に白いビニール袋で包まれた何かを発見する。はて、なんだろう。
開けてみると、数日前に伊豆山の魚屋・魚久で求めたエボダイの干物と半丁の豆腐が入っていた。すっかり忘れていた。物忘れは問題だが、このちょっとした発掘感は嬉しい。夕飯は決まりだ。
おなじみKAN焼き上手でエボダイをじっくり焼いているあいだ、豆腐の調理にとりかかる。この豆腐は下多賀で手作りしているものらしく、一見やや粗い表面をしているが、セロハンを脱がせば実はぷるんと柔い絹豆腐だ。
豆腐粥という食い物がある。小さな賽の目に切った豆腐をくず湯であたため、塩やショウガをたらして食べる。江戸の料理本『豆腐百珍』に掲載されているが、米を豆腐に見立てたなかなか粋な食い物だと思う。
二日酔いやら病み上がりにこそ真価を発揮しそうな汁物だが、独りによる開放感と飲酒で過剰にぴんぴんしている自分には役不足と思われたので、水の変わりに出汁を、そしてキノコで栄養を補うことにした。
エボダイの干物定食の出来上がりだ。
干物とは思えぬジューシーなエボダイ。干からびてなければ、レアでもない。絶妙なところを突いてくる。醤油など不要。飯がなくてもパクつける、いい塩梅の塩加減だ。
かつて徳川家康が「天下一の美味はなにか」と家臣たちに尋ねたところ、家康の側室・お梶の方は塩だと答えた。塩がなければうまい料理はつくれない。では「天下一の悪味はなにか」と問われると、それも塩だと答える。塩が多すぎる料理は食えぬということだ(『故老諸談』)。
身も心にも健やかさを与えてくれる、そんな独り飯だった。
満足感に浸りながらも、魚久で狙うべき次の獲物、ではなく干物を考えているところだ。
豆腐とキノコのあんかけスープ

材料
豆腐 | 半丁 | 賽の目 |
キノコ | ひとつかみ | シメジ、エノキ、椎茸などを少しずつ |
出汁 | 300cc | 出汁のとりかたはこちら |
●塩 | 小さじ1/2 | |
●薄口醤油 | 少々 | |
●みりん | ひとたらし | |
水溶き片栗粉 | 小さじ2 | 水と片栗粉を1:1で混ぜたもの |
ショウガの絞り汁 | 少々 | |
ミョウガと紫蘇 | 少々 | 千切りにして水に晒しておき、水気を切ったもの |
つくりかた
- 出汁を沸かして、調味料で味付け。豆腐とキノコから水気が出るのでやや濃い目を目指す。
- キノコを加えて煮立ったら、水溶き片栗粉でとろみをつけ、いちど沸騰させる。
- 豆腐を加えてあたためる。味が足りなかったら薄口で調整。ショウガの絞り汁、好みで青菜や薬味を加える。