しめサバを好きになったのは、30代もなかばすぎたころだ。
兵庫の山奥に住んでいた祖母は、かつて年に数回サバの棒寿司を送ってくれた。きっと得意料理だったんだろう。いや、もしかしたら東京で暮らす母の好物だったからなのかもしれない。田舎ならではの気遣いなのか、毎度ダンボールの底には丸太のような棒寿司がびっしりと敷き詰められており、緩衝材としてのお菓子が自分のお目当てだった。
そして朝・昼・晩と棒寿司が食卓に並ぶことになる。
カレーなら三日三晩でもやりすごせるが、サバが一週間も続くとうんざりしてくるものだ。部屋のなかでサバが泳いでるんじゃないかってくらい酸っぱくて生臭い。やがて一切れ食べるのもやっと、あげくに見るのも嫌になってしまった。
「魔女の宅急便」で主人公キキが、優しい老婦人に頼まれてニシンのパイを届けると、孫が「アタシこのパイ嫌いなのよね」とそっけない態度をとるシーンがあるが、あの気持ちはわからんでもない。ただ自分の場合はついぞ祖母にそれを告白できなかったが。
「サバの生き腐れ」と言われるように、サバはあっという間に腐敗する。屋久島の漁師いわく、刺身で食べるなら釣って10分以内が原則だ。つまりサバを生で食うならの死後硬直したゾンビが最上ということになる。
そんなサバがなぜ関西の山奥の家庭でせっせと製造されているかといえば、北陸の海でとれたサバが塩漬けにされてから内陸に運ばれ、そこで酢でしめて寿司にしたという経緯があるらしい。
サバの死亡推定時刻を偽装するためなのか、当時の酢の塩梅はどぎついものだった。サバは真っ白でしこしこと歯ごたえがあり、これが伝統的な祖母の味だった。普通の宅急便でも送られてきても、常温でもびくともしない、屈強なサバだった。
流通の進歩だろう。最近はうまいしめサバを出す店が増えてきた。働いていた店では金華サバを使っており、とにかく人気だった。みなが旨そうにしていると食べてみたくなるもので、ようやくしめ鯖への負の感情がプラスに転じている。
酢で締まりすぎていない、半生くらいのしめ具合が最上だ。
ところで、福島の道の駅よつくら港で求めたしめサバは抜群にうまかった。「しめサバに合う絶品のとろサバが手に入らないと社長がつくってくれないんですよ」と社員が嘆くほどこだわりの商品だったらしく、両親への土産もこれに決めた。
数日後、父がこんな感想をもらした。「こないだくれたしめサバは旨かったなぁ。今まであんまり好きじゃなかったけど、あれは旨かったよ!」
父も実は無理してしめたサバを食べていたことが、ここにきて判明する。
しめサバをつくる
サバをレンズごしに眺めてみると、なんともいえない美しい景色で感心した。今日はサバを愛でる気持ちでサバをしめていきたい。
サバを三枚におろす
捌き方は基本のアジと同じ。
ウロコが細かいので包丁で丁寧にとりのぞいたのち頭を切り落として内臓を抜く。血合いの部分も含めてきれいに洗い、水分を取り除いてから三枚におろす。
小骨は抜き取らない。
アジよりも身が柔らかいので見割れしやすいので、ややゆったりとさばくイメージで。
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塩をふる
塩のふりかたは古今東西、十人十色で興味深い。
サバを塩に埋める旧石器時代タイプ、砂糖と塩の両刀づかい(これは砂糖の脱水効果を狙ったものと思われる)、血合いの部分を重点的に盛り塩するとある寿司屋の大将。
口伝によれば、「サバは血合いが一番匂うから」という理屈らしい。
そこで、塩を敷いたバットに、皮目を下にしておろした身をおき、中央の血合いの部分にこんもりと塩をのせ、それを左右にはらうようにして塩を塗し、冷蔵庫で2時間ほど寝かせた。
酢で締める
生酢を使って短時間でしめる、複数の酢をブレンドして奥行きを出す、締まりすぎないよう薄めるなどなどやり方をあげれば枚挙にいとまがないが、つくづく「しめる」という作業に対する日本人はの並々ならぬ執着に感心してしまう。
最近ではフレンチでもしめサバを出すほど日本人はしめサバが好きだし、しめサバは店の看板メニューになり得るポテンシャルをもっているのだろう。
ずぼらな私は、つくりおきのあら酢をどぼどぼ注ぐ。あら酢は、穀物酢:濃口:砂糖を5:1:1の割合で合わせたもので、春子鯛で紹介したものだ。サバの厚みによって酢につける時間はまちまちだが、まずは15分くらいから顔色をうかがいつつ、表面がうっすら白くなって、なかがほんのり赤いくらいを狙いたい。
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ねかせる
酢から引き上げたらキッチンペーパーでふきとり、小骨を抜いてラップでくるんで冷蔵庫へ。晩酌をまつばかりである。
盛る

薄皮をむいたら適当に切って、実食。
ちょっと締まりすぎたせいか、図らずも懐かしい味だ。
「魔女の宅急便」の孫も、今頃はニシンのパイを焼いているんじゃないだろうか……味は人を巡るものなのだ。