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時速1kmの思考

青年とギュベチ


イスタンブールで出会った青年は、もくもくと炭火で魚を焼いていた。線が細く、まつげが長い色白で、顔つきも幼い。青いオーニングテントが目印の小さなレストランは家族経営で、父親に従い彼もよく仕事をこなしている。テーブルに食事が並び、彼も一息ついたのだろう。「日本のタバコを吸ってみたい。交換しよう」という片言の誘いを受け、一服を共にした。いつか僕も外国へ行ってみたいと、話していた。

それから数年後、SNS経由で彼から連絡がきた。日本の大学に進学したいが、学費がいかほどか教えてほしいということだった。国立、私立、そして学部によっての平均学費を折り返すと、彼は残念そうに「高すぎるのでウクライナの大学へ進学する」ことになった。滞在は5年の予定だから、いつでも遊びにきてくれと添えてあった。
ウクライナでのキャンパスライフ、彼女との海外旅行など、SNSにあがる青春のエトセトラは眩しいのひと言に尽きた。あの華奢な青年はいまや三十路を越え、クリエイターとなって世界中を飛び回っている。

皮肉にもウクライナ戦禍の折、久々に連絡をとり、伝授してもらった料理がギュベチだ。肉、もしくは魚をたっぷりの野菜を加えて、素焼きの鍋でじっくりと蒸し煮した料理だ。お互いトルコではない国に住みながら、「ギュベチうまいよね」と話しているのはなんとも妙な感覚だったが、彼はレストランの息子である。これは期待できる。


海外では食に対してなにかと悲観的な母だが、トルコ料理はいたく気に入っており、旅行中にひとつも文句が出なかったのは後にも先にもトルコだけだ。
くだんのギュベチもパンでこそげ取りながらぺろりと平らげた。「肉と野菜の旨味がギュッと詰まってるからギュッベチなんだよ」と絶対間違っているであろう私的解釈をごり押しするほどお気に召したらしい。ちなみにギュベチ(güveç)はトルコ語で「陶器製の鍋」のことで、母の解釈はかすりもしていない。


さて、友人に教えてもらったギュベチに戻ろう。
具は肉とたっぷりの野菜。すべてを刻みながら、まな板を滑らせどんどん陶器の壺に放り込む。
次にステンレス製のポットの湯を沸かし、そこにトマトペーストやスパイスを加えて煮立たせ、壺へまわしかけ、バターを一切れ落とし、蓋をしてオーブンに入れた。お袋の味だと思っていたが、これは男の料理なのかもしれない。

材料も見た目的にも、フランスのラタトィユやイタリアのカポナータと親類関係にありそうだが、具はすべて鍋にいれてからスープをあといれするのがユニークだし、ただただ材料をぶち込んで火にかけるという簡素さがより原始的かつ素朴な温もりを醸しだしている。

TV番組でトルコのパン屋へ取材が入っていたが、パンを焼く窯に半日ほどおかれていたのがギュベチだった。パンを焼いている間は火が落ちないから、じっくりと煮える。ストーブの上にアルマイト鍋をのせて味をしみこませる日本のおでんの光景を思い出した。

牛肉のギュベチ

材料

羊肉、鶏肉、牛肉etc 500g 一口サイズに切る。赤身肉がベター
満願寺唐辛子orピーマン 3本 乱切り
ナス 2本 乱切り
タマネギ 1個 千切り
ミニトマト 9個 種が露出するように水平に半割
ニンニク 1片 薄切り
300cc
 ●トマトペースト(サルチャ) カレースプーン山盛り大さじ1
 ●乾燥タイム(Kekik) 小さじ1
 ●チリパウダー(Kırmızı pul biber) 小さじ2
 ●オリーブオイル 大さじ2
 ●塩 小さじ1
バター 20gほど

作り方

友人はすべての材料を壺に詰めていくものだったが、経験上、肉は一度焼いたほうがうまいと思うので、今回はそうしたが、省いてもらって構わない。

①ひと口サイズに切り分けた肉に分量外の塩をふりしばらくおいたのち、分量外のオリーブオイルで焼く。




② 土鍋に肉~ニンニクまでを順番に重ねて入れる。


③ 小鍋に湯を沸かし、●を加えて十分に溶かす。


④ 土鍋に③とバターを加え、火にかける。耐熱ならオーブンでも問題ないが、今回は直火でいく。


⑤ 弱火で、のんびり煮込む。

今回は2時間半ほど。火を落としてしばらく置いておくと、汁気が具に戻って旨味が増す。

肉はスプーンで崩れるほどほろほろ。野菜はくったくたで、なかなかの仕上がりである。
そしてなによりバターが効いているのか、しっかりしたメインとしての重量感もある。にもかかわらず食べていてずっと爽快だ。気づけば二人で完食していた。
ここのところの台風や長雨のせいか、乱高下する気圧と湿気に体が追っ付かない自分にとっては、ホッとできる懐かしいトルコ飯だった。

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