堀り立てのサトイモをたくさんもらった。
泥付きで、下半身がでっぷりとふくらみ、いかにもさっきまで土に居りました、という顔をしている。これだけ立派なものはそうはお目にかかれない。都内のスーパーではたいてい4つに一つは腐っているのが常だった。泥付きの袋詰めだと個体の状態がまったく判別がつかないため、何度悔しい思いをしたことか。
いつもならすぐさま煮物に舵を切るわけだが、煮物だけではおっつかない物量だったので、その半数以上を蒸すことにした。火さえ入れておけば、汁物、ソテー、グラタン等に応用が効くだろうという狙いだ。
泥をたわしで落とし、鍋に入るだけサトイモを立て、鉄串がすっとはいるくらいまで蒸す。端っこを一口囓ってみると、なんときめ細やかくねっとり旨いことか。塩だけでぺろりといける旨さであった。
この感動をどう調理したら伝わるか、考えながら、粗熱がとれたサトイモの皮を剥いていく。生と違ってつるつる手で剥けるのでとても楽だ。
そういえば、師匠が昔つくってくれた里芋饅頭はうまかったなぁ。出汁でふっくら炊いたサトイモを目の細かい網で漉して、こんがり焼いた穴子を種にして饅頭にし、揚げて、銀餡をかけるという、恐ろしく手間暇かかった料理だった。料理の神様って、降りるところには降りるんだなぁ。
と、ここで我が家の守護神が降臨。
「このまま揚げてやりなさい」
ずぼらの神が耳元でささやいた。
サトイモを8つ割りにして、米粉をまんべんなくまぶす。すでに芋には火が通っているから、高温でいけるだろう。米油に投入。がっつりカリッと揚がれば、塩をふって出来上がり。
フライド里芋バカうまじゃん!
フライドポテトのお株を奪う……いや奪ってはおらずまた別物。カリッとねっとり新食感。これは飛ぶぞ!
ただし食べ過ぎ注意である。というのも、フライドポテトより腹に溜まるのだ。
そういえば、師匠の里芋饅頭を食べたあとも、腹が膨れてその後ほとんど食べられなかった記憶がよみがえる。
血気盛んな家人にとっては煮物よりも断然お好みだったらしく、ずぼらの神も捨てたもんじゃないらしい。今後はもう少し丁重にお迎えしようと思っている。