熱海は梅雨のまっただ中。すっきり晴れない日が続く。
坂の街・熱海では、日々の買い出しにそれなりの体力がいる。買い物カゴを背負い、なまりきった身体に鞭打って坂を上ったり下ったりしている。雨がふればなおのこと、体力が削られる。車がなければ、ちょくちょく買い出すのが、ここで暮らしていくコツなのかもしれない。
移住して五ヶ月が経ち、相性のいい八百屋と出会った。
その八百屋は小さなバンで移動販売をしており、毎週木曜日、夕方の五時過ぎになると咲見町のとあるマンションに現れる。マンションの前だから駐車スペースもないので、歩いていくしかない。
だから木曜日は毎週、シャーマンのごとく晴れを祈祷せずにはいられない。
そんな願いもむなしく、2週連続で天気が崩れた。もう野菜が底をついている。
小雨ぱらつくなか八百屋へいそぐ。みるみるうちに広がる黒い雲にせっつかれて、坂をかけおりた。
八百屋はちょうど、開店準備をしていた。客は高齢者ばかりなので、みなその様子をただじっと見守るだけだ。すっかり空は暗く、いつ本降りになってもおかしくない。
いても立ってもおられず、陳列を手伝うことにした。ミニバンから野菜をおろし、どこにおけばいいか指示を仰ぐ。それと同時に、狙うべきブツの品定めも忘れない。
陳列を終え、自分の野菜も確保して会計を済ませた頃には案の定、絶望的どしゃ降りになっていた。にわかシャーマンにはなすすべがない。
傘を差して、この物量を抱えて坂を上っていくのは苦行に等しい。しばらくここで待機しよう。
雨宿りついでに、店じまいも手伝うことになった。
店主にはずいぶんと感謝され、バイト代にとトマトと桃をもたせてくれた。
すでにトマトはカゴにはいっていたが、ありがたく頂戴する。
6月は彩りの季節だと思う。
そしてトマトの季節でもあるんだろう。こうなったらトマトをガンガン食べるしかない。
トマト、紫蘇、チーズ、そして隠しておいた秘蔵のオリーブオイルを取り出す。
このオリーブオイルさえあれば、トマトなど無限に食べられるというものだ。
そういえば先日、家人の父から大量の本が送られてきた。そのうちの一冊に『大きなトマトと小さな国境』という本が紛れ込んでいた。ケチャップでお馴染みカゴメによる企業本だ。
フランス、イタリア、スペイン、ギリシャを巡り、トマトと共に生きる人々の営みを取材、生き生きとした写真とともに紹介している。どの国も懐かしく、久々に読み終わるのが惜しい気分になった。巻末にある簡単なレシピ集も嬉しい。
ムルシア風オムレツ、卵のフラメンコ風、ガスパーチョ・アンダルシア風、うさぎ肉の炊き込みご飯、いわしのトマト煮、パン入りトマトスープ、ハムのトマトソースがけスペイン風、お米入りトマトスープ、タラのトマト煮、トマトのポテト詰め、ガロッパ・コン・モ・デ・トマテ、ギリシア風ミートボール・トマトソース煮、スタッフド・トマト・アテネ風、野菜のトマトソース煮、ユバルラキァ、トマトのスパゲッティ、トマトとなすのスパゲッティ、トマトとチーズのサラダ、トマト入りオニオングラタン・スープ、あさりのスパゲッティ、ライス詰めトマトのオーブン焼き、トマトのポタージュ、ラタトゥイユ、田舎風鶏肉の煮込み、バスク風鶏肉の煮込み、アイオリ・トマトのバスケット、トマトのひき肉詰め、アルル風オムレツ。
トマトがいくらあっても大丈夫そうな気がしてきた。
次はなにをつくろうか?