熱海に移住して3週間。梅が真っ盛りの二月初旬に料理のお師匠さんが来熱した。
実に2年ぶりの再会だったので話は尽きない。
一昨年の冬は都内の老舗河豚屋で一日中フグを捌いていたと聞いていたが、その後は知り合いの紹介で築地の飲食店に勤めていた。そこでは受難の日々だったという。
料理人の世界というものはなぜもこう旧態依然としているのかわからんが、いじめの標的になってしまったのだ。半年は我慢したが、昨年の暮れに退職。いまは体のメンテナンスをしつつ就活をしているところだという。
「70も過ぎるとねぇ。さすがに一日中立ち仕事で休みが週一だと体がもたなくなってきたよ」
とたいへん弱気になっていた。
70歳を超えて現役で厨房に立つなど、並の体力じゃつとまらない。いつまでも料理人として厨房に立つ師匠を見ていたいが、まずは心身ともに健やかになってほしいと願うばかりだ。
そんなちょっとネガティブな話をしていても人間腹は減るんだから笑えるものだ。
「久しぶりにお師匠さんのご飯が食べたい」と図々しくも催促してみた。
ちょうど鶏もも肉が冷蔵庫にあった。
「親子丼なんてどう?」
全会一致、異議なし!
「ところで残り物の味噌汁ってある?」と師匠。
味噌汁はないが味噌ならあると伝えると、
「俺さ、このあいだやっと自分の親子丼が完成したんだよ。残った味噌汁を煮汁に加えてみたら、抜群に美味くなってさ〜」
親子丼に味噌汁を入れるなんて聞いたことがないが、俺の親子丼とまで言われたら食べたいと思うのが人情だ。
そこで、親子丼を3種類つくって食べ比べをすることになった。
まず前提として、親子丼の煮汁は大きくわけて2パターンあるという。
ひとつは白米に直にかける丼タイプと、もうひとつは酒のアテとして食べるつまみタイプだ。
前者の場合は、出汁:濃口醤油:みりんを3:1:1を基本として、それに砂糖で甘味を足す。
後者は出汁:濃口:みりんを6:1:1で合わせ、砂糖を加えるものだ。
今回は酒飲みタイプの薄味を選んだ。
煮汁の材料を鍋でさっと沸かし、一つはそのままプレーンで、もう一つは味噌を隠し味程度、もう一つは味噌を強めに加え、3種類の煮汁が完成した。
残りの工程はざっとこんな感じだ。
- 鶏肉は一口に切って霜降り。
- 玉ねぎは繊維に逆らって切る。
- 親子鍋に具と煮汁を入れて火にかけ、蓋をして火が通ったら卵を回しかける。
- 海苔を添える。
炊き立ての白米を用意し、いざ実食。
味噌隠し味程度の親子丼が断然うまい!
プレーンは普通に美味しいが、醤油だけのせいかだんだんと味が単調になってくるのだ。
味噌が入ると、「ん?これ何が入ってるの?」と奥行きが出てくる。そして醤油だけよりもまろやかさが漂っている。
ただし味噌が入りすぎると、味噌が立ちすぎて、卵との相性がいまいちだというのが、我々熱海美食倶楽部(急遽発足)の見解だ。
3パターンの親子丼をつまんでいくうちに、「ねぇ、これってやっぱ、ビールいるんじゃね?」
全会一致で異議なし!景気良くプレモルを開ける。
親子丼とビールと青い海。控えめに言って最高の昼飯である。
そして、たいへん意義深い実験だった。
味噌隠し味の親子丼
17cmのアルミ製親子鍋を使用。
材料
たまご(Lサイズ) | 1個 | ほぐしておく |
鶏もも肉 | 70gくらい | 筋切りして一口サイズ切りそろえる |
タマネギ(お好みで) | 4/1個 | くたくたがお好みなら繊維に逆らって、しゃきしゃきがお好みなら繊維に沿って薄切り |
海苔(お好みで) | 1/2枚 | |
みつば | 1本(お好みで) | |
煮汁 | 出汁:醤油:みりんが6:1:1の割合+砂糖 | |
出汁 | 90cc | |
濃口醤油 | 大さじ1 | |
みりん | 大さじ1 | |
きび砂糖 | 小さじ1 | |
味噌 | 小さじ2/1 |
つくりかた
- 沸騰した湯に鳥もも肉をくぐらせて、表面にうっすら白く火が通れば氷水で冷やす(霜降り)。ざるにとっておく。
- 煮汁を合わせ、味噌はよく溶かしておく。本来は一度合わせて一煮立ちさせるが、一台分なので今回は省略。
- たまごをとく。三つ葉を入れるならこの時点で入れる。
- 親子鍋に煮汁、タマネギ、霜降りした鶏肉を並べる。このとき鶏肉が煮汁から顔を出しているくらいが理想。ふたをして中火にかける。
- 親子鍋のふたから蒸気が出てきたら、鶏肉をひっくり返して、火が通るまで煮る。
- 溶き卵を半分くらい回しかけ、卵がやや固まってきたところで箸でざっくりと、切るように混ぜたら、残りの溶き卵を加えてふたをし、火を消す。
- ご飯を用意し、親子丼に海苔を添えて食べる。