しとしと切れ間ない雨模様のなか八百屋へ走る。こんな日はきっとお買い得品や見切り品があるに違いなく、顔に当たる雨も天然保湿くらいにポジティブに捉えられるから人間とはげんきんな生き物である。
店先でアルコール消毒をし、勇んで入店したはいいが、こんな日に限ってこれといったお得品が見当たらない。なんとしたことか。一気に体力を奪われたような脱力感に見舞われながら店内二週目。
唯一ひときわ目立っていたのがガーキンキュウリだった。よくピクルスに使われる種類の、短小なキュウリである。
そういえばこないだ、市販のピクルスはハンバーガーに使ってしまい、在庫がなくなっていたことを思い出した。
それにしてもどうだろう。2パックで950円である。キュウリにしては高すぎるのではないか? 家人などは、キュウリ好きなくせに、夏に一本50円超えると、高いから買うなというほど相場にうるさく、目を閉じれば幻聴がリフレインする。
しかも自分はキュウリが好きでもなく、むしろ嫌いな方で、あの手この手で最近ようやく食べられるようになってきた矢先である。
そんな自分がこんな高級キュウリを手にして果たして食べ切れるのか、甚だ疑問である。
つくづくガーキンキュウリを眺める。キュウリには萎んだ花の残骸がくっついており、いかにも朝まで畑におりました! という清々しい顔をしている。キュウリ一筋の専門農家(湘南きゅうり園 @sagamihanjiro )がつくっているという手書きのポップも効果的で、なにやらそこらのキュウリとは一線を画した風格さえ漂っており、キュウリ嫌いといえど試してみたいという好奇心は毎秒募っていく。
それにしても、ひとつ480円でふたつ950円。たった10円の値引きはややけちくさくないか、八百屋よ。
まぁいい。ここのところ外食もしてないし、外に出ないから洋服も買っていない。コロナの状況も相まって美容院には一年以上足を運べていない。たかだか1000円くらい、ここで無駄使いしたところでバチは当たるまい。しかもいまなら「高い!」と横槍を入れる者もいない。気分を盛り上げる言い訳を散々醸成したところを見計らい、ガーキンキュウリを握りしめてレジに並ぶ。
台風の余波で週末はさらに雨が強まったので、さっそくピクルスを仕込むことにした。
ピクルスには酢と塩で直接漬ける未発酵タイプ(スーパーで売られているのはこのタイプ)と塩水に漬けて発酵させる元祖ピクルスタイプに分類される。
今回は発酵ピクルスをつくるわけだが、『マギーキッチンサイエンス』によれば、つくりかたも材料もごくシンプルである。
5〜8%の塩水に18〜20℃で2〜3週間漬け込み、塩分2〜3%、乳酸1〜1.5%程度とする。これはかなり濃いめの味である。瓶詰めする前に水に漬けて塩と乳酸をある程度抜き、酢酸を加えることもある。
『マギーキッチンサイエンス』より
ガーキンキュウリのピクルス【仕込み編】
ガーキンキュウリのぶつぶつな表面には黄色っぽい粉のようなものがついているのでよく洗い、その後30分ほど氷水につける。これがパリッとさせるコツだ。
その間に1リットルの水を沸騰させ、50gの塩を溶かして常温に冷ましておく。
ピクルスを仕込む瓶も煮沸消毒しておくといい。
冷水につけたキュウリは水分を拭き取り、瓶に詰めていく。
スパイスは黒胡椒、コリアンダーシード、フェンネルシードを小さじ1/2、唐辛子、ベイリーフをひとつ。このまま塩水を注ぐとキュウリが浮いてきてしまうので、隙間に何かに使おうと溜めておいたセロリの細い茎と葉を埋め込む。ニンニクは好き嫌いが別れるので省いた。
塩水をそっと注ぎ込み、丸めたサランラップを詰め、プリンカップで重石をしてさらにソーメン皿で蓋をし、日の当たらないところに放置する。幸い、急に秋が深まってきたせいか部屋の温度は20数度で安定している。
ガーキンキュウリのピクルス【発酵編:2週間後】
二週間後、ピクルス液は泥水のごとく濁り、鮮やかだったキュウリの色もくすんでしまった。なんだか夏の間すっかり忘れさられていた水槽のようで、もし仲の良い友人に「食べてみな」と瓶ごと差し出されたとしても、やんわりかつきっぱりと断るレベルだな、と思う。
やや萎えた気分で丸めたサランラップを除くと、フワッと酸っぱい匂いが立ち上る。まさしくピクルスの香りである。白っぽいものが浮いており、私が日がなダラダラしている間も酵母はしっかりと働いていたことがうかがえる。
密閉していなかったためやや水分が飛んだので、米酢を大さじ2ほど加えて、すっかりキュウリが隠れるくらいにして、今度は瓶の蓋を閉めて冷蔵庫で保管。
ガーキンキュウリのピクルス【試食編:3週間後】
発酵して瓶に詰めて冷蔵庫で八日目ののピクルス。蝉なら朽ちている頃だ。メインディッシュは自家製皮なしソーセージなので、満を持して味見を決行。
見た目はピクルス然としているので、あとは人体実験のみ。家人が口に入れるのを視界の端からうかがうことにする。大丈夫だろうか・・・・・・。
「なにこれ、うまいじゃん、ピクルス」
「えっ、まじで?」
半信半疑で一口かじる。パリッとシャウエッセンばりの小気味いい音。熱を入れていないのでグニグニしておらず、終始ポリポリと軽い歯触りである。砂糖が入ってないから甘ったるくないし、酸味もまろやか。
いままで買ってた瓶のピクルスはなんだったんだろうか、あれはピクルスもどきだったんだろうか? と勘ぐるほどの違いである。
とにかく、あの泥水からは想像できない味だったことは間違いない。
結局ひと瓶500円ほどのピクルスになり、たしかに市販のほうが安いんだが、これは価値あるキュウリだったとつくづく感心しきっている。
サンドウィッチとも相性抜群。