2004年、スカンディナビア半島で食の革命が起こった。その名も「新北欧料理(ニューノルディック・キュイジーヌ)」。
地元の食材が見直され、伝統的な調理法が復活したのだ。世界の美食家を虜にしたデンマークはコペンハーゲンの「ノーマ」を皮切りに、このムーブメントは世界を席巻することとなる。
エメリル・ラガッセは、この新北欧料理の神髄にせまるべく、スウェーデン出身の人気シェフ、マーカス・サミュエルソン(Marcus Samuelsson)とともに旅にでる。落ち合ったのは、ストックホルムだ。
北欧料理は男の料理
まず訪れたのは、ニコラス・エクステッドが経営するEkstedt(エクステッド)だ。
北欧料理は、高熱と煙で調理する炎の料理だという。電気が普及し、その独特の調理法は廃れてしまったが、ニコラスは原点回帰。電気を一切使わず、燃やした薪の熱と煙ですべての調理を行っている。
トナカイの心臓のタコス
登場するのは、ニコラスが「タイタニック」と呼ぶ手製の薫製機だ。
薫製は古くから北欧で使われる調理法で、食材の水分を高温で飛ばして短時間で乾燥させることで保存性を高めることができる。その器具もさまざま、各家庭に自家製の薫製機があるというから驚きだ。
まずはセイヨウネズを燃えさかる炎の上におき、その煙で刻んだトナカイの心臓を燻していく。セイヨウネズが独特の風味をつけてくれるのだ。その間に、鉄製のボウルを火に入れる。
カンカンに熱つくなったボウルにバターとパセリ、温燻製した心臓も入れて手早くかき混ぜていくニコラス。さらにパセリ、塩で調味し、マッシュルームを加えていく。「低温でじっくり」というのがBBQにおける定石だが、北欧では直火や熱した鉄で調理をするのだ。これをファンタジー小説になぞらえて、「ゲーム・オブ・スローン的だ」とニコラスは言う。
かたやマーカスは、北欧の伝統的な薄焼きパンを焼き始める。薪オーブンを前に、要領がつかめず焦りの表情を隠せないマーカス。焼き上がったパンを格子状の突起がついた麺棒で伸ばしていく。
薄焼きパンに熱々のトナカイの心臓、カリカリに揚げた苔、コケモモのソースをのせて、一口でかぶりつく。
わらで焼き目をつけたアカザエビ
フライパンが発明される前の北欧では、熱した牛脂を肉や魚にかけて、表面に焼き目をつけていたという。
そしてニコラスはこの伝統的な調理法にひねり加える。熱した窯に並べられたアカザエビに藁をかけるのだ。藁のさわやかな風味をアカザエビに移そうというのだ。
牛脂をいれた鉄製の漏斗を真っ赤になるまで熱し、エビにピンポイントで脂をかけていく。かなりの重労働らしく、漏斗を必死で振るエメリルの額には汗がにじむ。
コールラビの千切りを敷いた皿に、アカザエビ、フェンネルの花粉、スイバをのせ、酢漬けのコールラビを添える。最後に、鶏ベースのソースをかけて出来上がりだ。
伝統的な調理器具を前に、まるで新しいオモチャを手に入れた子供のようにはしゃぐシェフの面々。わいわいと料理をする三人の姿がなんともほほえましいのだが、北欧料理はまさに男の料理とよぶにふさわしい側面が強く印象づけられる映像だった。
Ekstedt(エクステッド)
Humlegårdsgatan 17, 114 46 Stockholm
北欧の漁師飯
エメリルとマーカスは、アカザエビ漁に同行するために、スモーゲンへ向かう。あられの降るなか、船上でさっそく獲れたてのエビを調理する。
湯だった大きな釜に塩、ビールを数本いれ、アカザエビを放り込む。実にシンプルで豪快な漁師の料理だ。
素材の味を活かすのが北欧料理だと、エビにむしゃぶりつく二人。マーカスはアカザエビを100匹仕入れる。
マーカス・サミュエルソンの新北欧料理
エメリルとマーカスは、ヨーテボリにあるフェスケショルカ(FESKEKORKA)とよばれる魚市場へ繰り出す。かつてのゴシック教会がそのまま使われているこの市場は、魚教会と呼ばれるそうだ。新鮮な食材に目移りしながらも、選んだのはイシビラメだ。
さらにサルハールという歴史古い市場では、乾燥熟成肉の薄切りを15枚、カレーペーストなどを買い込み、ようやく二人は料理にとりかかる。
イシビラメのミソ&ディル仕立て
半身のイシビラメは骨ごと一人前用に切り分けておく。熱したフライパンにヒラメをおき、焼き目をつける。焦がしバター、レモン、ディル、隠し味の味噌を追加し、スプーンでソースを魚にかけながら、ていねいにソテーしていく。
黄色いソースを散らした皿にイシビラメをおき、そしてカレー粉、バター、ディル、胡瓜などで和えたエビをのせる。
見るからに洗練された一品だ。ディルはやはり北欧料理の要となるハーブなんだろう。
牛肉とアカザエビのだんご
叩いた極薄の牛フィレ肉に、茹でたアカザエビとマッシュルームおく。
そこでマーカスがおもむろに取り出したのが、モロッコのスパイスだ。コリアンダー、クミン、シナモン、ターメリック、ジンジャーなどがブレンドされた辛くないスパイスである。
団子状に丸められた牛フィレ肉はスープ皿におかれる。熱いエビの出汁をかけて、牛肉が半生になったところをいただく。
スウェーデンは移民の国だ。マーカス自身も生まれはエチオピアだ。さまざまな人種が共存するこの国を表したような一品である。
「移民がもたらした文化をいれる」のが、マーカスの考える新北欧料理なのだ。
まるで鯛茶漬けのような発想のひと皿。食材を活かして調理を最小限におさえる日本料理との共通点を見出せる。
ゆでた魚卵
茹でたイシビラメの魚卵に、酸味(pickled)のソース、チリオイル、鮭類の魚卵(トビコのようだ)、すり下ろした西洋ワサビをのせる。なんとも酒の肴にふさわしい一品だ。
NORDA ノルダ バー&グリル
豪快でいて繊細。シンプルでいて複雑。相反するのものがひと皿に融合された新北欧料理を堪能した。ぜひAmazon Primeで味わっていただきたい。