緑色のマットが敷かれた階段を上ると、一法亭の暖簾が現れた。紋別を店を構えて半世紀になる老舗の和食屋である。
店につれていってくれた友人と店主は、若いころ東京で修業時代を共に過ごした仲だと聞いていたから、訪れるのを楽しみにしていた。
磨かれた白木のカウンターを通って奥の個室に案内されると、すでに前菜が並んでおり、店主の奥さんがにこやかに迎えてくれる。なんだかほっとする空間である。
玉子焼き、刺身、鮭とばの前菜からはじまり、西京焼き、蟹焼売、牡蠣の吸い物、炊き合わせなど、手作りの逸品が次から次へと並ぶ。待ち焦がれた紋別の魚に、どうしたってテンションは上がってしまう。
「これ、手作りなんです。食べてみてくださいね」とテーブルに置かれたのが、見たことのない漬物のような何かだった。
飯寿司
「"いずし"って言うんですよ」
どんな字を書くのかと尋ねると、「飯寿司」だという。飯の寿司……ますます混乱してきた。
「昔はどこの家でもつくっていたんだけどね。最近はめっきり。うちの人が大好きなのよー。」とM氏の奥さんが説明する側で、Mさんは「うまいなー」と唸りながらむしゃむしゃ食べている。Mさんはいつもうまそうに食べるから見ていて清々しい。
飯寿司はニシン、サケ、ホッケといった旬の魚に、米と麹、野菜を加えて乳酸発酵させた、北海道のお袋の味だ。上手くつくるコツは「寒さが続くこと」だという。
ほんのりピンク色をした魚は、おそらくサクラマスではないだろうか。発酵しているのに酸味は穏やかで、ほんのり甘く、ヨーグルトのように口当たりはまろやか、まるで上質のハムを食べているようでもある。もちろん魚の臭みなどまったくない。べったら漬けを想像していたが、それを180度覆すものだった。
そもそも現在の握り寿司が現れたのは江戸時代のことで、その原型は米と生魚を発酵させた保存食「なれずし」だったという。飯寿司もなれずしの一種だ。発酵させた酸味の名残が現代の酢飯にあるというから、食の歴史は面白い。
飯寿司のつくりかた
飯寿司を20年つくりつづけている管理人が運営する、飯寿司専門サイト。
owlnet.jp
にしん漬け
にしん漬けも、手作りのものはいまやなかなか食べられない。北欧でもニシンの酢漬けを食べるが、あちらは生のニシンを酢につけており、こちらは身欠きニシンを使って発酵させた自然の酸味。身欠きニシンなど正月くらいしか見かけなかったので、まさか漬物になるとは驚きだ。家庭によってさまざまなレシピが存在するという。
飯寿司よりも酸味が強く感じられ、特にキャベツにその酸味がのっている。なるほど、これはにしんのザワークラウトだ。ザワークラウトににしんの旨みと風味がのっかって、唯一無二の漬物になっている。箸休めについつい手が伸びてしまうクセになる味で、白飯にも合いそうだ。
それにしてもこんなにうまいにしんは食べたことがない。骨が多くてあまり得意ではなかったけれど、これは美味い。
そういえば、店主のSさんは御年80を超えているが、頬はほんのりピンク色で、白い肌は艶々している。これが乳酸発酵のなせる技なのか! と思わずにはいられない。
次回はカウンターでしっぽり、日本酒を片手にこのにしん漬けを食べたいものだ。
にしん漬けのつくりかた
Information
一法亭
場 所:北海道紋別市本町6丁目4-26
営業時間:【月〜土曜日】17:00~21:00 【定休】日曜・祝日
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