モヤシで感動するなんて、人生で何度あるだろう。今日はすごいモヤシ料理の話をしたい。
板長がまかないでつくってくれたのはボウル一杯の、出汁にひたしたモヤシだった。まぁ正直、なんの変哲もないモヤシのおひたしに少しがっかりしたのも事実。それを察したのかどうかはわからないが、「ちょっと味見してみてよ」と促すものだから、口に放り込んだ。ほどよい塩加減にうっすらと胡麻油のコク。ピリッと主張する黒胡椒。出汁に浸っているにもかかわらずまったく水っぽくない、モヤシ然としたシャキシャキ食感。
「これ、すごい! どうやってつくるんですか?」
そう手の平を返すと、板長は嬉しそうに種明かしをしてくれた。
食感の秘密は、モヤシを炒めてから出汁につけるという調理法だった。茹でてからつくった場合、こうはならない。日がたつほどに水っぽく、食感が悪くなるのは経験済みだ。
もともとはある料亭の親父が考案した料理で、それを板長が真似して、いま私が真似しているわけである。板長の年齢を考えると……つまり相当に年季の入った料理ってわけだが、きっとあちこちに派生しつつも、いまだにひっそりと引き継がれている裏メニューってやつなんだろう。
そのまま食べてもうまいし、ラーメンの具としても最強。出汁につけておくだけで日持ちがするうえ、なにより食感が変わらない点はモヤシを知り尽くしたプロならではのすごい料理だというしかない。モヤシ1袋だとあっという間に食べきってしまうので、最近は2袋いっぺんに仕込む。それでも原価60円ほど。モヤシ優秀すぎて震える。
汗だくで帰宅したら、まずはキンキンに冷えたモヤシとビールで一息。これがすっかり猛暑の定番になっている。