先ごろスーパーへ出かけると、明日葉が安く出回っていた。あぁ、そんな季節か・・・・・・。
はじめて食べたのは、10年ほど前のことだ。出版の世界にはいってしばらくたったころ、ある絵本を担当することになり、装幀デザイナーとして紹介されたのがA氏だった。変わり者に見えて、真面目。豪快にみえて、細やか。酒豪に見えて、下戸。その外見からはなにもかもが裏切られるような、実に不思議な人だった。
当時、A氏の事務所は原宿にあったから、ことあるごとに原宿へでかけていた。時には深夜まで作業が及ぶから、いつしか気心も知るようになり、よく飯屋へつれていってもらった。
なかでもいまだ鮮明に覚えているのが、明日葉の天ぷらだ。原宿と表参道の交差点のビルの三階にあっただろうか。八丈島料理の専門店である。
一口で虜になった。ほろ苦くて、衣が軽やかで、滋味。油ものが苦手なのに、追加でもうひと皿注文した。明日葉で腹がふくれていく。そして次の日、腹をくだした。
後日、母をともない、また明日葉の天ぷらを頼んだ。母もうまいうまいとほおばっている。またも追加を頼み、次の日、二人して腹をくだした。懲りない。
久々に明日葉を買って、自分で天ぷらにしてみた。衣の重さ加減が、なかなかにむずかしい。そして、久しぶりにA氏に連絡してみた。
「明日葉はおいしいよね。でもいまは、長命草の天麩羅にはまってるんだ」
聞いたこともないが、なんだか長生きしそうな縁起のいい響きである。いったいどこで食べられるのかと尋ねると、喜界島だという。いくらなんでも遠すぎる。
数日後、ゆうパックが届いた。あけてみると、密封性のビニール袋のなかに、湿らしたキッチンペーパーで丁寧にくるまれた長命草。現地ではサクナーと呼ばれている。喜界島特産のきび砂糖も同封されていた。
明日葉よりも丸みを帯びた葉をしており、茎も柔らかい。ためしにそのまま食べてみる。口の中に、青臭さが広がる。その辺に生える草を食ってる気分だが、身体によさそうではある。実際、ビタミンやミネラルを豊富に含む長命草は、美容や健康の業界では、注目されており、青汁や錠剤やパウダーに加工されているようだ。
生で食べるにはいささか厳しいので、早速に薄衣をつけて、油でじっくりと揚げる。揚げたてを箸でつまみ、口に放り込む。
先ほどとは打ってかわって、爽やかな苦味が走る。うまい。うまい。うまい。ただ揚げただけなのに、なぜにもこんなにうまくなってしまうのか、にわかには信じられない。切ったり、塗ったり、はったりするよりも、美容と健康には食べるが一番である。
身の回りには、こういった食べ物が実はたくさん存在するのかもしれないが、あまりにも無知なゆえに、わたしは貴重なチャンスを逃しているのかもしれない。ちらほら桜が咲こうとしている目黒川を、食べられそうな草はないか、うつむき加減で散歩してしている姿は滑稽いがいなにものでもない。
それにしても、A氏は、デザイナーのほかにカメラマンとしても活動しているだが、この天麩羅を食べるために、喜界島で撮影しているのではないかと疑ってしまう。
長命草(サクナー)の天ぷら
材料
- 長命草 適量
- 薄力粉 大4
- 片栗粉 大1
- 冷水 大6
- 塩 小1/4
つくりかた
- 長命草の全体に下粉(分量外)をまぶす。
- 衣を合わせる。粉と水は1:1が基本だが、葉を揚げる場合は薄衣にしておくと葉の色が活きる。だから1:1.1くらいの目安にした。
- 長命草に衣をつけ、高温でカラッとするまで揚げる。