「今日はこのホッキ貝でしょ」
手の平ほどもある貝を自慢げに見せる魚屋のおじさん。北では、ホッキ飯にするという。はまぐり、アサリ、青柳。春分は二枚貝の季節だ。九条ねぎも手に入ったから「ぬた」にしよう。
ぬたは母の十八番である。
何度かつくりかたを尋ねたが、そのたびに彼女は、目分量ですり鉢に味噌やら砂糖をいれ、摩っていく。味見を重ねては砂糖をいれる。すり鉢が動かないように手でおさえながら、その砂糖の量に驚いた。
店では卵黄を入れていると思うが、母はいれない。というのも、昔は玉子が苦手だったからだ。これも家の味だということで、納得している。卵黄をいれたほうが、もちろんリッチに仕上がるが、日持ちはしないだろうし。
殻の皿に桜色の身を盛って、春を待つ。