粋な突き出しを出してくる店は、たいがいうまい。新宿のはずれにあるこの小さな寿司屋も例外ではない。
寒さが底をつく2月。いつもより少しだけ上等な、厚手の白いセーターを着て出かけた。目の前に置かれたのは、生きたシロウオ(素魚)だ*1。どうやら一足先に、春がやってきた。
小鉢の海を勢いよく回遊するシロウオ。その姿を真上から覗き込む。つぶらな瞳と目があったようで気まずい。さて、どうやって食べようか。
何度か試してみたが、箸でつまむのはまずむずかしい。障害物競走よろしく見事に箸をすり抜けていく。そういえば、映画「ベスト・キッド(1984年版)」で、空手の師匠のおっさんが飛び回るハエを箸でつかんでいたっけ*2。まさにあれくらい集中力を要する話なのだ。
運良く箸でつかんだ一匹を、醤油につけた。電気ショックでも受けたかのように、ビクンと尾びれがうねり、そして尾びれについた醤油が跳ね返って白い羊毛にじわっと染み込んでいく。しまった・・・・・・。慌ててトイレに駆け込み、つまんで擦る。
それではと、醤油を直接小鉢にいれてみる。透き通った身体がきゅっとひるんだ瞬間を逃さず、箸でつかみにかかる。たしかに、さっきよりは容易に箸にかかる。だが口に運んだとたん、醤油まみれの全身がうねりはじめ、またもやセーターに黒い染みがついた。
こうなったら最後の手段だ。少々下品ではあるが、小鉢に口をつけて醤油ごと口のなかに一気に流し込んでみるしかない。
口の中を縦横無尽に走り回るシロウオ。こそばいやら、いつ噛んだらいいのか、口の中の感触が脳にうまく伝わらず、文字通りパニックになった。唇から飛び出しそうになるのをこらえて、素早く咀嚼する。
味は・・・正直よくわからなかった。「これこそ粋な味だった!」というのが、正しいのだろうか。今日は黒い服を着ていくべきだった。春の訪れは、一筋縄ではいかない。