7月の最終日、師匠が来熱した。「親子丼の隠し味」を教わって以来、実に一年半ぶりである。
「暑いけど東京の暑さよりはマシだよ~」と汗だくで熱海の急坂をのぼってきた師匠。まだまだ元気そうで安心した。昼時だったので、みのる亭でランチをいただき、我が家へご案内。ゆっくりしてもらうつもりが、「ついでだから~」と包丁を7本も研いでくれる。
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築地(場外)にはほとんど出向かなくなったという。観光客だらけで歩くのも億劫だし、いつもの蕎麦屋もマグロ屋も値上げしたとか、なじみの八百屋は滅多に店を開けなくなったとか。
「秋山商店はどう?」
秋山商店は気に入りのかつお節屋である。いつも2番の鰹上削り300gを求めていたのが懐かしい。その流れで思い出したのが、我が家をリフォームをしてくれた設計士に託されたかつお節だ。削ってあるものではなく、節である。設計士自身も手に余る代物だったらしく、祖母の削り器を見て「これ幸い」ともってきたのだ。
「なんでこんな物もってるの!」
たしかに令和の一般家庭にはレアなブツかもしれない。師匠の反応が設計士のそれと同じである。
「せっかくだからさ、削ってみようよ」
その言葉を待っていた。
手にとってみると、まるで「葬送のフリーレン」でお馴染みの暗黒竜の角のようである。邪悪なオーラは発していないが・・・・・・固くてずっしりしており、鈍器としては遜色ない。
何十年と放置されてきた削り器の刃は錆びていたから、そもそも削れるのだろうか。半信半疑で、角度を決めてゆっくりとかつお節をスライドさせる。やや引っかかりがあるようで力が籠もるが、ほどなくコツをつかんできた。削り器の引き出しを開けてみると、歪ながらも節が削れているではないか。
「懐かしいなぁ。子どもの頃やらされてたの思い出したよ」
シュコ、シュコ、シュコ、シュコ。
だんだんとリズミカルになっていく。時空がゆがんでいってるんだろうか。師匠の顔が少年のように見えてきた。
シュコ、シュコ、シュコ、シュコ。
なんだかすごく楽しそうだ。「やらせてくれ!」と選手交代。
シュコ、シュコ、シュコ、シュコ。
ある一定の角度でいいクセがついたのか、面白いように削れていく。代わる代わる夢中で削りまくり、ついには欠片になってしまった。
大満足の大人の暇つぶしであった。
ちなみに、暗黒竜の角は、削ると猫が召喚されることが証明された。
以降しばらくは、この削ったかつお節で出汁をとっていたが、濁りの一切ない、黄金の出汁をひくことができた。草葉の陰で祖母もニヤリ喜んでいるに違いない。スパークリングをあけて乾杯する。
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ゲリラ豪雨が通り過ぎたのを見計らい、腹ごなしにビーチまで散歩することにした。空はピンク色に染まっている。名残惜しそうに海につかる子どもたち、花火をはじめる若者、海岸線をそぞろ歩くカップル、犬と競歩するアスリート。
缶ジュースを片手に、石段に腰をおろして話し込む。
「酢、もしくは柑橘などを加えた場合、寒天一本に対して、水分3合が基本。煮詰めて3合である」
唐突すぎる、この日最後の師匠の教えだ。慌てて携帯にメモする。こういう知識がポロリするから、まったく油断がならない師匠である。
後日8月3日は、伊豆山の花火大会だ。それ故、伊豆山の魚屋・魚久さんもたいへん賑わっていた。夕飯は朝どれ鯵を2尾たたいてどっさり薬味とあえることにする。師匠に研いでもらった包丁は切れ味鋭く、ギッとまな板を引っかけて皮もすぅ~とむける。マグロの切り落としも添えれば米泥棒ペアの誕生だ。
やはり道具はきちんとメンテナンスしないといけないな。