夕飯の買い出しを済ませて店に立ち寄った。ビールを飲み干し、汗がようやく引いてきたところでメールが届く。
「今日はメシいならい」
おい! 思わず目の前にいる板長に愚痴ってみる。
「せっかくイワシ買ってきたのに、帰ってこないとさ」
魚の入った容器をカウンターにおく。
「けっこういい(新鮮)じゃない。薄造りにでもしてみようか」
皿に大輪のイワシが咲いている。
これで1尾分、原価90円である。90円だぞ! 90円がプロの手にかかるとこうなるわけだ。ちょっといい料理屋にいけば数千円とられてもおかしくない。やはり食べる側は料理人の技術に敬意を払い、きちんと対価を払うべきなのだ。
「これをもっと美味くする方法があるよ。ちょっと待ってて」
まだ半分以上残っているイワシがさげられてしまった。
そして15分後でてきたのは、冷凍庫でキンキンに冷えたイワシの薄造りだ。半分凍っているルイベの状態だ。
口に入れてみると、冷たいイワシがとろっと口の中でとけて脂が広がる。ポン酢も爽快。こりゃもうビールを飲んでいる場合じゃない。冷酒だ!
薄造りという技にすっかり魅せられた私は、以来魚を買ってきては薄造りに挑戦しているが、いまのところ人様に出せる代物ではない。もう一度板長の薄造りを観察したいと思っていた矢先、チャンスは訪れた。