天気のすっきりしない八月のある日、見慣れない魚と出会った。手の平から顔と尾がはみ出すくらいの小さなヤツで、ぽってりした体には黄色い線がはいっている。そのつぶらな瞳に思わず敬称をつけたくなってしまう、その名も「タカベ(鰖)」さん。
『日本食材百科事典』によれば、旬はちょうど八月。脂がのっているがゆえに昔は下魚扱いだったが、日本人の嗜好の変化にともない、今では高級魚の仲間入りを果たしつつあるそうだ。背の黄色いラインは鮮度が落ちると消えてしまうので、選ぶときの目安になる。
鱗をとって内臓を取り出してみると包丁の刃がねっとりした。たしかに脂がのっている。身は柔らかく、それに反して骨は硬いので、エラを外そうと余計な力を込めると魚が潰れてしまいそうになる。
塩焼きが定番だが、炭をおこすのが面倒だったので今回は蒸すことにした。
蒸し皿に千切った青いネギと生姜のスライスをおき、塩と酒をふったタカベをのせ、またネギと生姜をのせて強火で15分。
だし醤油をまわしかけて白髪ネギをのせ、そこに熱したピーナッツ油をかけたら彩りにパクチーを。
いったいなぜこの魚が下魚扱いだったのか、不思議で仕方ない。ふっくらとしたジューシーな白身。脂がのっているけれど、小ぶりだったこともあるのか、口の中にへばりつくような類のものではなくさらりとしている。難点があるとすれば、骨が多くて硬いことくらいなものだが、魚好きならそんなこと気にならない。むしろ冷酒をちびちびやりながらつまむのは、このうえない夏の贅沢じゃないか。