この魚を知っている人は、釣り師か、さかなクンもびっくりの博識に違いない。
鰻のようだがなんだか短小、皮は鰈のような色をしている。どこに目があるかもわからないその面は、未確認生物のようだ。偶然に網にかかった深海魚なのか、魚屋のアニキを尋問してみよう。
「これ、なに?」
「あっ、それね。よーくきいてね。ギンポだよ。“チ”じゃないよ!」
渾身の下ネタを華麗にスルーして、説明を促す。聞けば、その昔は高級魚として扱われていた「ギンポ(銀宝)」という魚らしく、天ぷらにすると非常に美味だという。
『日本食材百科事典』によれば、
通ごのみの、白身でさわやかな味の魚だが、処理に手間がかかってしまうため、あまり店頭に並ばなくなってしまった
のだ。消費量の減少は、きっとこの得体の知れない見た目のせいもあるに違いない。
ところが、天ぷら業界では、
「銀宝を食べずして天ぷらを語る無かれ」
「江戸っ子たるもの、借金してでも春は銀宝を喰え」
と言わしめるほどというから驚きだ。人も魚も、見た目ではないのである。あまりに身が薄いので、自ら捌くのは断念した。するとその直後に、東南アジア風のおばちゃんがプラスチックの籠を取り上げる。きっと魚屋も、まさか続けざまに売れるとは思っていなかったのだろう。慌てて捌きにかかるのだが、いかんせん一筋縄ではいかない。
「ちょっと引き延ばして!(おばちゃんと話していてくれという意味)」
そんなこと言われても困る・・・と思った矢先、おばちゃんの怒濤の喋りがはじまった。ギンポから果ては先日食べた金目鯛や鯵の話やら・・・・・・。
さて、ギンポに戻ろう。
三枚おろしにしてもらったギンポは、皮のぬめりを包丁でさっと取ってから揚げた。薄気味悪かった皮が衣に隠れ、見た目は穴子の天ぷらのようではないか。揚げたてを塩をいただく。
絶品!
ふっくらとした白身は穴子のようでもあるが、もっとさっぱりとした味わいだ。見た目から匂い立つ臭みなどまったくない。そして、もっちりとした皮の歯ごたえがクセになりそうだ。天つゆを用意しておくべきだった。
これは、期待値が低かったからというわけではなく、本当に、美味かったのだ。この感動をさっそくにSNSで披露したところ、釣り師の友人からコメントが入った。
「この魚、クリーニング屋のハンガーで簡単に釣れるよー」
ハンガーを春の海にたらしている人を見かけたとしても、バカにしてはならない。大まじめに美味い魚を食おうとしているのだから。