30年来の友人であるナンシー・シルバートン(Nancy Silverton)よれば、世界一のピザ職人はフランコ・ぺぺだという。
ナンシー自身もパン職人だが、ロサンゼルスに開いたピザ専門店モッツァ(MOZZA)は人々の舌を唸らせ、ミシュランを獲得。2014年にはアメリカ最高のシェフに選ばれた。そんな彼女が「完璧だ」と絶讃するピザとはどんなものなのか?
エメリル・ラガッセとナンシーは、世界一のピザの秘密に迫るべく、イタリアはカンパニア地方を旅する。
Mozza LA
la.osteriamozza.com
チェターラのアンチョビ
フランコ・ペペの店は、ナポリから一時間ほど北上したカイアッツォという小さな村にある。彼のピザに使われる食材は、アンチョビ、チーズ、オリーブオイル、トマト、そして小麦粉とシンプルなものだが、どれもカンパニア近辺でとれた、こだわり抜かれた食材だ。
まずはイタリア随一のアンチョビの産地、チェターラ(Cetara)へ向かう。港から目と鼻の先のジョンナロ・マルシアンテ(Gennaro Marciante)の店、アクアパッツァ(Ristorante Acquapazza)で新鮮なアンチョビを食べる。
アンチョビのアクアパッツァ(Alici All'Acqua Pazza)
食材に自信があるからこそできる、とてもシンプルなアクアパッツァだ。
フライパンにオリーブオイルとトマト、ニンニクを少々、皿いっぱいのアンチョビをいれて、フライパンを振る。白ワインなどは使わず、水だけを加えて煮立たせるだけというシンプルの極み。蓋も閉めない。
イタリアンパセリを少々、塩の代わりにコラトゥーラ(colatura)をスポイトで二杯。漁師の秘密のエッセンス、これが味の決め手だ。
コラトゥーラはカタクチイワシでつくられた魚醤だ。樽にアンチョビと塩を交互に重ね、2〜3年寝かせる。約40キロのアンチョビから4リットル弱ができるという。
コラトゥーラのスパゲッティ(Spaghettie con Colatura)
シンプルだが味のインパクトは強いという。つくりかたは紹介されていないが、オイルベースのアーリオ・オーリオではないだろうか。パセリとミニトマトのコントラストが美しい。
アンチョビのフライ(Alici Fritti)
残念ながら、こちらもつくりかたがわからない。アンチョビといっても缶詰ではないので、揚げてもしっかりと形が残っているのだろう。
チーズはピザの要だ。フランコは地元で作られる水牛のモッツァレラを使っている。二人が訪れたのは、イル・カソラーレ・チーズ工房(CASEIFICIO IL CASOLARE)だ。
工房を案内するのは、口髭をはやした小太りのチャーミングなチーズ職人のミモ・ラ・ヴェッキア(Mimmo La Vecchia)だ。大きな水槽に浮いている無数のモッツァレラは壮観、いや絶景かな、である。
原料はイタリア原産の地中海水牛のミルクだ。脂肪が多く、リッチでクリーミーな味わい。脂肪もプロテインも普通の牛乳の2倍、つまり栄養価が2倍だと、誇らしげなミモ。ここでは絞って12時間以内の新鮮なミルクが使われている。
凝固したミルクを機械で細かく刻み、特殊な容器に入れて、手で混ぜていく。おからのような見た目で、ぼろぼろとしている。そこに熱湯を加えて木べらでゆっくりかき混ぜていく。チーズがもったりと回転しはじめたら、余分な水を桶で掻き出して捨てる。ここまですべてが手作業だ。
最後にチーズをちぎっていく。このちぎる動作(モッツァッレ)がモッツァレラの由来だ。出来たては「雲を食べたような柔らかさ」だという。
CASEIFICIO IL CASOLARE
12 v. Olivella, Alvignano, CE 81012, Italy
Produzione formaggi - Alvignano - Caserta - Caseificio Il Casolare
オリーブオイル
少し北に車を走らせ、次に訪れたのは、フランコにオリーブオイルを提供しているテッレ・デル・プリンチペ(Terre Del Principe)だ。オーナーのジョヴァンニ・ペトラッツォーリ(Dr. Giovanni Petrazzuoli)は、フランコの幼なじみで、代々オリーブオイルを製造している一族だ。
エクストラバージンオイルは、苦味とスパイシーさのバランスがいい。オリーブオイルをつくるには科学的な知識も必要だが、一番重要なのは、情熱だという。だが伝統も守り、27℃でオイルを絞るという厳密さも併せもつ。
かつてロサンゼルスでフランコがピザの講義をしたとき、彼はオリーブオイルとオリーブを持参したという。それほどフランコにとっては生命線とも言える食材なのだろう。
Bed & wine Terre del Principe
30, S.Prov. SS. Giovanni e Paolo-Campagnano, Squille, Castel Campagnano, CE , 81010, Italy
世界一のピザを食べる
かつてのカイアッツォ(CAIAZZO)は、若者がはなれ高齢化が進み、寂れた村だったという。だがフランコが店を開くと、活気溢れる村に生き返ったのだ。ペペ・イン・グラーニ(Pepe In Grani)は狭い路地に何百人もの行列ができるほどの盛況だ。
禿頭に青縁の洒落たメガネをかけた姿は、ピザ職人というよりもデザイナーのような雰囲気だ。さっそく生地づくりから始まる。
完璧なピザのレシピなどない。あると言う奴はピザを知らない。
これがフランコのピザの秘密だという。なんて勇気づけられる言葉だろう。日々、ピザ生地の配合に四苦八苦している自分には、神のお告げのように聞こえる。
手押し車のような容器にはいったピザ用の小麦粉に、端から水を加えていく。小麦粉で水をせき止めて、ダムをつくり、そこで小麦粉を溶かすように細かく指先を動かすフランコ。
そして両手で弧を描くように大きくかき混ぜていく。かなり緩い生地で、どろどろとしている。これが生地の元種(スターター)になる。これにビール酵母を加えていく。
混ぜる範囲をどんどん拡げていき、さらに容器全体を円を描くように、下から上へ持ち上げるようにして両手でかき混ぜていく。
優しく触るんだ。女性だと思ってね。
小麦粉は、ナンシーが普段使っているものより細かく挽かれており、水と混ざると絹のように滑らかだ。イタリアのピザ用小麦粉は、00粉と呼ぶもので、日本ではカプート社のものが有名だ。
これをピザ1枚分づつ成形していくのだが、手の平からぷるんと溢れる生地は、とても柔らかいが弾力がありそうだ。
できあがった生地を台にのせ、丁寧に伸ばしていく。繊細な生地なので、決して叩いてはいけない。よくピザ屋でばんばんと打ち付けているのは、パフォーマンスなのだ。あくまでも、女性を扱うように! だ。
平たく成形した生地の上に、モッツァレラ、ヴェスヴィオ山麓産ピエンノロ種のトマト、カイアッツォのオリーブ、オリーブオイルをかけ、マテーゼ産のオレガノをのせる。
ナポリ窯にいれて、待つこと90秒。美しいコルチョーネが出来ている。窯から取りだし、アンチョビをのせる。風味が損なわれるからアンチョビは焼かないのだ。バジルを飾り、円形状の板にのせた布で底を拭って余計な焦げを拭い、皿に載せる。
イル・ソーレ・ネル・ピアット(El Sole Nel Piatto)
まさに芸術作品。映像を見ているだけで幸せになる。エメリルとナンシーが三日かけて巡った地元食材が、三位一体となって、1枚のピザが生まれる。ピザにかぶりついたエメリルは、もう言葉がでない。フランコに会えて幸せだと、感激しきりだ。
生地や素材に込められた愛情を味わうんだ。言葉で表せない。
レストランに集まっていた生産者たちに、フランコがピザを振る舞う。手塩にかけた食材が、世界一のピザになるのだ。これ以上の幸せはないだろう。フランコは食材に、そして生産者全員に、敬意を払っているのだ。互いがいるから自分もまた存在している、そんなことを思い出させてくれるピザだった。
まさに完璧な旅立った。世界一のピザを堪能した。
Vicolo S. Giovanni Battista, 3, 81013 Caiazzo CE, Italy
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